「第5章 話すべきか話さないべきか」(7-1)

(7-1)


 iPhoneのナビ機能を頼りに近くの駅まで歩いた。


 定期の範囲内だったので交通費を払わず、電車に乗れたのは助かった。そこから最寄り駅まで乗り、歩いて家に帰った。玄関を開けると、中には誰もいなかった。そう言えば、買い物に出掛けると朝、母が言っていたのを思い出す。


洗面所で手洗いを済ませて、部屋に辿り着いた時には、体がどっと疲れて電気も点けずベッドに倒れ込んでしまう。グリーンドアで美結を待っている時間と司とのやり取り。実質、二連戦したので精神的な疲労が辛い。


 余力があれば美結に連絡の一本でもしたいが、今はその力もない。三人からも何も連絡は来ない(もっとも今来ても、受け取る事しか出来ないが)


 直哉は買い物に出ている両親に先に家に帰っている旨と疲れたから部屋で眠っている旨をLINEで送ると、相手の返事を待たずにiPhoneを手放して、そのまま眠りに付いた。


 直哉の目が覚めたのは、深夜だった。放っていたiPhoneを取り、時刻を確認すると一時を過ぎていた。


 着替えもせず、ベッドに横になっていた。寝汗をかいたらしく、首元がぐっしょりと濡れている。まだ僅かな疲労が残っている頭で起き上がると、デスクの上にお盆に乗った夕食が置かれていた。どうやら置いてくれたようだ。ベッドから立ち上がり、服を部屋着に着替えて、洗面所で顔を洗う。


 両親は眠っており廊下は暗かったので、起こさないように静かに行動した。顔を洗うと最後の疲労が流れてくれた。部屋に戻り電気を点けて、置かれた食事を食べる。今日の夕食は、豚の生姜焼き定食。すっかり冷めてしまったが、その分味が染みて美味しかった。


 特に意味もなくノートパソコンの電源を点ける。適当にネットニュースを漁りながら、夕食を食べているとLINEを受信した。美結から連絡が来たのか。そう思って、画面を見ると相手は森谷だった。


【深夜にゴメン。あれから美結から連絡は来た?】


【来ていないな。でも、あの後新藤さんのお母さんに会ったよ】


【会ったの? あの後に?】


【会った。結果的に話すと仲違いして終わった】


 結果だけを伝えたのは、詳細に話すと“心読み”の話をする必要があるからだ。流石に司との話を“心読み”抜きで説明するのは難しい。直哉がそう考えていると、iPhoneが着信した。相手は森谷だった。


『もしもし』


『佐伯くん。今大丈夫? ゴメンね、夜中に』


『まあ、それは大丈夫。だけど、どうしたの?』


 条件反射的に用件を尋ねてしまったが、すぐに美結の話しかないと思い直す。


『美結の事。昨日、喫茶店であの子を待ってて来なかったんでしょう?』


『ああ。さっきLINEした通り、来なかった』


『LINEでその後に美結のお母さんと会ったって書いてたけど、本当は喫茶店からずっといたとか?』


 突拍子もない事を言われて、直哉は『まさか。そんな訳ない』と返した。


『俺から連絡をしたんだ。金曜日の夜に新藤さんがお母さんと会うっていうのは、聞いてたから来ないとしたら、それしか原因がないって。向こうは車で来てくれたから、車内で話してた』


 数時間前事を説明する直哉。感覚的に一週間は前の話に聞こえた。彼の話を聞いて、『あ〜』と納得する声が聞こえる。


『そういう事か。もしかして佐伯くんが言わないだけで、最初からずっといたのかなって変に勘繰っちゃった。それなら、美結も来ないよなって』


 グリーンドアのソファ席に自分と司、そして美結が集まる姿を想像する。確かにそんな危ない場所、彼女は絶対に来ないだろうと直哉は思った。


『LINEで仲違いしたって書いてたじゃない』


『書いたね』


『それって大丈夫なの?』


 森谷の言う大丈夫には二つ以上の意味が含まれているのを直哉は感じていた。


『あんまり、大丈夫ではないかな』


 素直に心境を話す。動かないといけないけど、どうしたら良いか手をあぐねているのが事実だ。直哉がそう考えていると、森谷が『今日って外に出れる?』と聞いてきた。


『出れるよ。流石に今すぐは無理だけど』


 視界の隅で画面上部の時刻を確認する。まだ、午前一時半だった。


『それはね。私もおんなじ。前みたいにまた皆で集まりましょう』


『ありがとう。本当なら俺から皆に言わないといけないのに』


 司と仲違いしたとLINEした時点で集まる旨を提案しないといけなかった。自分に非がある。


『ううん。気にしないで。疲れてるんだもん、しょうがない。時間は十三時半でいい?』


『了解。お昼はそれまでに済ませておくよ』


『うん。場所は、この前のドトールコーヒーにしておこうか。便利だったし』


 森谷の話す便利とは場所の事だけではなく、環境も入っている。あそこのガヤガヤとした雰囲気は、丁度話しやすい。


『分かった。他の二人には俺からLINEを送っておく』


『お願い。突然、夜中に電話してゴメン。また明日』


 それを最後に森谷との通話が切れた。彼女との通話が終わり残った夕食を食べ終えると、直哉は二人にLINEで森谷に話したのと同じ内容を書いて、明日の十三時半にドトールコーヒーで会おうとメッセージを送った。


 時間帯なだけに二人に送ったメッセージはすぐに既読は付かなかった。明日になったら、返事は届いているはずだ。


直哉はノートパソコンの蓋を閉じて、再びベッドへと向かった。

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