「第5章 話すべきか話さないべきか」(7-2)
(7-2)
――日曜日。
朝、起きると二人からは了承の返事が届いていた。それを確認して、直哉は部屋に置いていた夕食のお盆をリビングへ。母親に礼を言って、朝食代わりのコーヒーを頼む。そのまま昼は、人と会うからいらないと伝えた。
直哉は少し部屋で過ごしてから、身支度を済ませて外へ出る。駅のホームにある蕎麦屋で昼食を取って、集合場所だったドトールコーヒーへと向かった。
時刻は十三時二十分。十分早いけど三人共もう来ているだろう。確証が直哉にはあった。日曜日の昼間という事もあり店内は、ガヤガヤとした雰囲気がより大きくなっていた。
先に席を確保しようと二階に上がると予想通り、三人は既に来ていた。前と同じ四人掛けのテーブルに座っている。直哉が上がると真島と目が合った。
「おっ、直哉。早いな、まだ集合時間まで十分以上はあるのに」
「そっちだって。もう皆、来てるじゃないか」
直哉がそう言うと、真島は「ああ」と頷く。
「俺たちは先に集まって、ここで昼を食べたんだ」
「ああ、そういう事。取り敢えず俺も飲み物を注文してくるよ」
自分用に空けられた席にトートバッグを置き財布だけ取ると、直哉は一階のカウンターへと向かった。ここも日曜日の影響で混んでいる。
アイスカフェ・ラテを注文して二階に戻る。テーブルに戻ると真島が声を掛けた。
「おー、お帰り」
「ただいま」
席に座り、ストローを刺して一口アイスカフェ・ラテを飲む。まだ若干口内に残っていた蕎麦の風味をアイスカフェ・ラテが綺麗に流してくれた。
「森谷さん、昨日はありがとう」
真島の横に座っていた森谷に直哉は礼を言う。
「ううん。私の方こそ、深夜に電話してゴメン」
二人がそう話していると、直哉の隣に座っていた梅沢が横から割って入る。
「はいはい。疲れてる佐伯には悪いんだけど美結の事、詳しく教えてよ。あの子のママと会って、仲違いしたってトコまでしか聞いてないんだけど」
「そうだった」
直哉は昨日、グリーンドアを出てから司に会ったまでを説明した。勿論、“心読み”は省いた上でだ。彼の説明を聞いて三人が沈黙する。
「……なるほどな」
その中で最初に口火を切ったのは真島だった。
「新藤さんのお母さんは、娘のコミュニケーション問題が解決したから一緒に住みたい。その為に高校も転校させる」
「それってちょっと勝手過ぎない? だって解決するまでは一緒に暮らさなかったんでしょ? それなのに解決した途端、転校させるなんて……」
梅沢の飾らない感情はここに四人全員が共有している感情だった。
「だけど、親の力は相当強い。美結本人がどれだけ嫌だと言ってもそう簡単にはいかない」
森谷の言う通り、子供にとって親の力は非常に強い。成人もしていないし自分の力でお金を稼いだ事すらない自分達では、司に本気の力を使われたらひとたまりもないのだ。
「そうだな。普通だったら俺たちがいくら騒いでも止められない」
森谷の言葉に真島も乗る。
「なら、どうするの!?」
梅沢の声を荒げた。周囲の喧騒でも完全にはかき消せない。
「落ち着けよ。普通だったらって言っただろ? 策ならはある。だろ直哉?」
「ああ、一応……」
直哉は気乗りせずに同意した。
「新藤さんのお母さんが一緒に住みたいと思っているのは、プライバシーの問題が解決されたっていう前提条件がある。だったら……」
最後まで言おうとして、上手く言葉が出ずに喉の奥で消滅してしまう。
だが、それだけで三人には充分に伝わっていた。森谷がおそるおそるといった形で尋ねた。
「上手くいきそう?」
「分からない。ただ、新藤さんのお母さんには昨日車の中で、簡単に挑発してみた。効果は抜群だったよ」
先日の車内での一件を思い出す。終盤に直哉の言葉に司は、あからさまに動揺していた。それが続く限りは、大人の力は最大限行使出来ないだろう。
直哉がそう考えていると、梅沢が彼に向かって一つ言葉を零した。
「佐伯ってさ、私たちに美結の例のコミュニケーションの問題、ずっと隠してるでしょ?」
「えっ?」
「沙耶香っ!」
森谷が強く言って梅沢を制する。彼女は無視して話を続けた。
「三人で先に集まってたのは、昼食を食べるだけじゃない。佐伯がどうやったら話してくれるのかを話し合ってたの」
「ああ、そうか。うん、なるほど……」
梅沢に言われて直哉はどこかスッキリした。確かに三人は先に来ていた。そうか、話し合いをしていたのか。彼がそう考えていると、「俺は、」と真島が続く。
「直哉が話したくない事なら、無理に聞くのは止めようって言ってた。話さないんじゃなくて、話せない理由があるはずだって」
「えっと……」
何か言わないと。そう思って口を開いた直哉だったが、開いたところで何を言えば良いのか分からずフリーズしてしまう。勿論、一番の正解は分かっている。
“心読み”の内容を話してしまう事だ。しかし、同時それだけは出来ない。だからこそ、コミュニケーションの問題と言って(正直、大きくは外れていないと思っている)避けてきた。
沈黙すればする程に秘密がある事の証明になってしまう。上手く言えない直哉に梅沢がため息を吐いた。
「どうしても言えないわけ?」
「ゴメン」
直哉には謝るのが精一杯だった。
「なんで佐伯の物差しで友達でもない美結の事を決められないといけないの? まずは話してくれない? 聞いて私で判断するから」
「それは……、」
詰め寄ってくる梅沢に森谷が「沙耶香、言い過ぎ」と注意する。
「沙耶香が言ってる事は分かる。私だって知りたい気持ちはある。でも美結が話した相手が私たちじゃなくて、佐伯くんだった。そこを考えれば――」
「そんなのっ……!」
森谷の指摘に言い換えそうとした梅沢だったが、詰まって上手く言えなかった。よく見ると、彼女の瞳は潤んでいる。そこで直哉は初めて理解した。
梅沢が直哉が話さない事を怒っているのではない。
美結が自分に話さなかった事を怒っているのだ。
考えたらそれは至極当たり前の事だ。ずっと一緒にいる友達。
それこそ直哉と真島の前では話せない話も沢山してきただろう。
誰よりも近いと信じていた美結との距離が実はそんな事ないのかも知れない。
だからこそ、梅沢は困惑して、本来なら美結に向けたい怒りの矛先を直哉に向けているのだ。
森谷だって同じ。梅沢ほど感情を表に出していないが、抱いている感情は変わらない。ただ、彼女の方が感情を心の奥深くに隠しているだけの事だ。
直哉はもう、全てを話してしまおうかと考えた。
“心読み”の事実を話してもこの二人なら、美結から離れない。直哉がそう考えていると、その気持ちの流れを汲み取ったように真島が寄り添う。
「直哉……お前が今、二人に流れされて話そうとしているのは顔を見れば分かる。だがまぁ、一旦落ち着け。一度、口にしたらもう元には戻せない」
「あ、ああ……」
一度口にしたら、もう元には戻せない。真島に言われて直哉は、言いかけた感情を引っ込める。そうだ。ここで無闇に話してしまったら、美結を裏切る事になる。既に充分裏切っているのは承知しているが、そこだけじゃない。
真島に言われて冷静さを取り戻した直哉は、座ったまま背筋を伸ばした。
「取り敢えず明日、新藤さんが学校に来るかどうかだな。来てくれたらそこで終わる」
「来なかったら?」
森谷がそう聞いてきた。彼女の中には美結が来ない月曜日も見えている。直哉はそれに頷いて答えた。
「来なかったら、俺から新藤さんの所に行く」
そう話す直哉に迷いはなかった。
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