「第4章 夏夜のアスファルト」(5-2)
(5-2)
森谷と話していた真島が直哉を見つける。
「おっ、直哉」
「ゴメン。遅くなった?」
「いや、大丈夫。席は取ってるから買って来いよ」
「そうする」
直哉は真島の横の席に自分のトートバッグを置いて、中から財布だけ抜いて下へ降りる。一階のカウンターでアイス宇治抹茶ラテを注文した。家でも飲んだし、今日はもうそんなにコーヒーを飲みたい気分ではなかったのだ。
注文したアイス宇治抹茶ラテを持って、再び二階へ上がり二人が待っているテーブルへと戻る。
席に座りストローを刺して一口飲む。冷たい抹茶の味が口内から喉へと広がった。口を離して、直哉は二人に礼を言った。
「二人とも、土曜日に時間作ってくれてありがとう」
「気にするなよ。俺も気になってたんだ。前に直哉と帰った時に新藤さんのお母さんに連れて行かれた時ぐらいから」
「ああ。あれか」
あれも割と最近なのにもう随分と昔に感じる。杏の車に乗って、出掛けた時の事を思い出した。真島の対面に座っている森谷が「へぇ」と感心する。
「佐伯くんって美結のお母さんに会った事あるの? っと言うか、連れて行かれたってなに?」
「学校の帰りに新藤さんのお母さんに会って、そのまま車に乗ったんだよ」
直哉は起こった事実を簡潔に説明する。彼の説明に森谷は意外そうな顔を見せた。
「へぇ、私も会った事ないのに。どんな感じの人なの?」
「えっと、新藤さんを凄い大事に考えてる人?」
少し戸惑いながら直哉はそう説明した。杏のやり方が必ずしも美結が望んだものになっているとは言い難いが、それでも大事に思っているのは本当だ。彼の説明を聞いて、森谷は「なるほど」と言った。
「それで美結の話って?」
「あ、ああ……。ちょっと説明が難しいから、分からないところがあったらその都度、質問して」
そう前置きをしてから、直哉は説明を開始した。
新藤さんは何度か転校を経験したり、家庭環境の問題からコミュニケーションに不安がある。具体的にどんな不安なのかは、本人のプライバシーの問題があるから、話せない。
今ではコミュニケーションの不安どうにかやっていたんだけど、4月の中旬ぐらいから難しくなって、同じ図書委員でその時にたまたま、近くにいた自分に助けを求めてきた。
そのコミュニケーション問題解決を相談されていて、その一環として朝と放課後に美結と握手をしていた。この握手を続ける事が重要だった。それが先週から急に握手を行わなくなってきた。
そして昨日。ついに本人から、もう握手の必要はない。問題は解決したと言われた。そこまで説明して、直哉は「すぅ」と息を飲む。
「俺は、それが嘘だと思っている」
「その根拠は? 美結本人が解決したって言うなら、疑いようがないじゃない」
森谷がそう尋ねた。彼女の質問はもっともだった。直哉は「うん」と相槌を打ってから、彼女に回答する。
「新藤さんと俺で問題解決に向けて色々、試行錯誤していた。だけど、本当に全然上手くいかなくて、正直壁にぶつかってた。それがいきなり、解決したなんてあり得ない」
あり得ない。直哉はハッキリ言い切った。数ヶ月、ずっと彼女の問題に対応していた彼だから分かる。“心読み”の問題が突然回復するとは思えない。彼女は嘘をついている。そして、決定的な根拠はもう一つあるのだ。
だけど、それはまだ口に出来ない。
直哉がそう考えていると、今度は真島が「いいか?」と質問をしてきた。
「どうぞ」
「直哉が新藤さんに何かしらの協力をしていたのは、分かっている。そういう事情なのは、今教えてもらったけど。それで、お前は俺らに何をして欲しいんだ?」
「協力をしてほしい。俺一人では、単純に考える頭が一つしかない。だから、二人の考えを貸してほしい」
前から考えていた事で一人の頭ではもう限界だった。直哉がそう答えると、真島は更に続ける。
「もう一つ聞くけど、俺らが協力する事は、新藤さん本人は知らないんだろう? 直哉の言い方からして、新藤さん本人から話さないでって言われてるんだろう? それを破っていいのか?」
「それは……」
直哉は口ごもってしまう。真島の言う事は、何も間違っていない。他にも協力してもらう案は、美結にも話したけど、却下されたままだ。
破っていいのかと正面から質問されて、直哉は戸惑いを隠せない。そもそもここに美結がいない時点でそれは明白なのだ。
直哉は目の前にあるアイス抹茶ラテに手を伸ばす。ストローに口を付けて、思考を少し冷やしてから返した。
「真島の言う通り、新藤さんにはこの話はしていない。言ったら、彼女はきっと反対するから。それでも助けたいと思っている。荒療治かも知れないけど」
「そうか……」
真島が「うーん」と唸って腕を組む。そして、森谷に尋ねた。
「凛はどう思う?」
「私は協力してあげたい。だけど同時に美結の気持ちを裏切ってまでっていうのが、引っ掛かる。あの子自身が助けてって言ってないのにこっちが身勝手に助けようとするのが、あまり感心しない」
「やっぱりそこだよなぁ。俺も新藤さんを助けたい気持ちはあるけど、本人が止めてと言っているのを無視してやるって言うのが……」
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