「第4章 夏夜のアスファルト」(5-3)
(5-3)
二人とも気持ちはあるけれど、同じところで止まっていた。直哉は二人が結論を出すのを待つ。ややあって、彼が尋ねる。
「森谷さん」
「なに?」
「森谷さんは、新藤さんと友達でいつも一緒にいる」
「うん。仲良し」
直哉の言葉に森谷は頷いて肯定する。
「だから、新藤さんが止めてと言ってるのに進める事に抵抗があるのは分かる。もちろん、真島も。二人が出来ないって言うのなら大丈夫」
「……しかし、一人じゃ解決出来そうにないくらいになってるから、俺たちに助けを求めたんだろ?」
真島が詰めてくる。
「そうだけど、二人に余計な重荷を背負わせたくないって気持ちもある。覚悟を決めたつもりだったけど、足りなかった。もう少し一人で頑張ってみる」
直哉は心情を素直に白状する。今までずっと当事者だった彼も説明をしながら、事態の深さを客観視出来た。“心読み”の問題に他人を巻き込むのは、本当に大変な事なのだ。
直哉がそう考えていると、森谷がため息を吐く。
「でも、もう聞いちゃったからなぁ」
「――ゴメン」
冷たい言い方に直哉は素直に謝る。森谷にしてみれば話しておきながら、引かれても困る。責任を持てと言っているのだ。彼女のため息にそれを実感する。
しばらく三人とも、言葉を出さずにいた。ただ、次に言葉を発するのは、森谷だと三人とも直感で知っていた。
数分の沈黙の後、森谷が口を開いた。
「分かった。佐伯くんも放っておけないのも事実。協力する。優人は?」
「凛が協力するなら、俺も協力するさ。良かったな直哉」
二人が協力してくれる事になって、直哉の中にあった緊張がスッとに抜けた気がした。これでようやく一歩前に踏み出せたのだ。だが、森谷が「あっ、でも一つ条件がある」と待ったをかけた。
「条件?」
「美結を助けたいのは私だけじゃない。沙耶香も呼ぶ」
「沙耶香って梅沢さん?」
うろ覚えの下の名前から、誰かを確認する。直哉が尋ねると森谷は呆れながも答える。
「他に誰がいるのよ。あの子だって、話せばきっと協力してくれる。大体いつも三人でいるのに、一人だけ事情を知らなかったらおかしいでしょうが」
「確かに。それはごもっとも」
直哉が納得すると、それが条件を飲んだ合図と森谷は判断して「取り敢えずここに沙耶香呼ぶから」とiPhoneを取り出した。数コールで梅沢に電話が繋がり、森谷が彼女にドトールコーヒーに来るように話す。
三十分後、買い物袋を持った梅沢が現れた。
「凛に美結の事で大事な話があるって言われけど、なんか珍しい組み合わせだ」
「そう? 優人とはいつも一緒にいるけど」
「あ、うん。真島じゃなくて……」
梅沢はそう言うと、視線を直哉に向ける。向けられた直哉は以前に呼び出された事を思い出して、余計な緊張をしてしまう。
「ま、下に荷物を置いて注文しておいで。待ってるから」
「オッケー」
森谷の言葉に梅沢は同意して、彼女の横に荷物を置き下に行った。
彼女が階段を降りてから、森谷が直哉に向かって尋ねる。
「もしかして、佐伯くんって沙耶香が苦手?」
「ちょっと、苦手かも」
直哉がそう言うと、「へぇ」と返す。どうして苦手なのかを聞かないのは興味の有無ではなく、単に時間がないからだろう。すぐに戻ってきた梅沢に彼はそう分析する。
梅沢が森谷の横に座り、あらためて四人がこの場所に集まった。この四人を繋げているものは美結の“心読み”。当事者がいないのがかえって真実味があった。
「さて、それじゃ沙耶香にここまでの経緯を説明しないと。佐伯くん、私からでいい?」
「ああ、うん。お願い」
森谷に聞かれて直哉は素直に頼む。お願いされた彼女は「よしきた」と軽く頷いてから、梅沢にこれまでの経緯を説明し始めた。彼女は黙ってその説明を聞いていた。
「――っていうのが、ここまでの話。後は、沙耶香が協力してくれるかってところかな」
事情を話し終えた森谷が梅沢の返事を待っていると、それまで黙っていた彼女は、「あのさ」と声を出した。
「なに?」
「凛じゃなくて、佐伯」
てっきり森谷に質問があると思っていたので、油断していた直哉は急に名前を呼ばれて、背筋が微かにピリッとした。
「俺? なに?」
「佐伯さ、どうして最初は私を呼ばなかったの?」
「……それは、連絡先を知らなかったから」
歯切れ悪くそう答える直哉に梅沢はイラついているのを隠さずに「でも、」と言葉を続ける。
「凛は呼んでるじゃん。凛の連絡先は知ってるの?」
詰め寄る梅沢に森谷が「違うって」と助け舟を出す。
「元々私は、優人と待ち合わせをしてたんだ。最初、佐伯くんは優人に連絡してたんだから」
「ふーん」
森谷の助け舟に一応の納得をした梅沢は、鼻から息を吐いた。これ以上の質問の可能性を考えて森谷が「他には?」と尋ねると、彼女は首を左右に振った。
「質問がないなら聞くけど、沙耶香は協力してくれる?」
「……する。当たり前」
微かな間を空けてから梅沢は同意した。
「そう。良かった」
「ありがとう」
森谷に続いて直哉も礼を言う。とにかくこれで全員から了承を得る事が出来た。それだけ美結の人望が厚い事の証明にもなった。
全員が一つの方向に向かう事が決まると、ここまでずっと静観していた真島が質問する。
「それで? 俺たちは具体的には何をすればいい?」
「ああ」
直哉は頷いて考えていた事を説明する。
美結の“心読み”を知らなくても知っているように装い、彼女を助ける事が出来る方法を――。
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