「第4章 夏夜のアスファルト」(5-1)

(5-1)


 土曜日。


 あの後、家に帰って出された夕食を体調が悪いと嘘か本当か、自分でもハッキリしない事を言って、逃げるように部屋に戻った。手洗いを済ませて、ベッドに倒れ込む。慣れたベッドのスプリングが疲れた体を優しく包み込んでくれた。


 目を閉じないと色々な事を考えてしまうので、直哉はすぐに目を閉じてそのまま夢の中へと旅立っていった。


 翌朝。


 直哉は変な寝方をしたせいで固くなった体でいつの間にか脱いでいた制服(夜中に寝ぼけながらも脱いだらしい)が散乱した部屋で目を覚ます。


「んん〜」


 口から苦い息を吐く。ほんの少しの間、現状を把握出来なかった。しかし、脳のスイッチが入って覚醒すると、すぐに現状を取り戻す。


 そうだ。昨日、グリーンドアから帰って、疲れてそのまま寝たんだ。


 現状を再認識した直哉は、中途半端に着ていた部屋着をちゃんと着直して、部屋のドアを開ける。


 コン。


 開けたドアに何かが当たった。当たった足元に視線を移すと、そこには丸いお盆に乗っていた個包装のクッキーが二枚。それと水が入っていたマグカップがあった。おにぎりが乗ったお皿にもマグカップにもラップがされていたので、中身が溢れるような事はなかった。


 お盆を手に取り部屋に戻りデスクに置いた。もう一度、部屋を出て洗面所で歯ブラシと顔を洗う。そして部屋で用意された夕食を食べる。


 昨夜は飲み物だけで何も胃に入れていなかったので、久しぶりに入ってきた食べ物を体は喜んで受け入れてくれた。疲れていた体にプレーンクッキー二枚は胃に優しい味がして、丁度良かった。


 クッキーを食べ終えて残ったマグカップの水を一気飲みして、それらが乗ったお盆を持ってリビングへ。


 リビングでは母親がテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。


「あ、おはよう。体調はもういいの?」


「もう大丈夫。クッキーありがとう。さっき食べた」


「え? さっき?」


 サラッと言えば流れると思った直哉だったが、母親はそれを見逃さなかった。


「さっき。昨日はすぐに眠っちゃったから部屋から出てない」


「そんなに体調悪いの? 朝ごはんは食べれない?」


「体調は大分回復した。でも朝ごはんはいらない」


 クッキー二枚だけで直哉の胃は充分だった。彼の言葉に母親は頷いた後、「コーヒーは飲める?」と聞いてきた。


「飲みたい。アイスで」


「はいはい」


 直哉の注文に母親は立ち上がり、台所へ。戸棚からマグカップを取り出して、冷蔵庫から氷を何個か入れる。大きな音が響いた。


コーヒーメーカーにメモリ丁度まで入っていたコーヒーポットを取り、マグカップに注ぐ。コーヒーの香りが台所からして来て、直哉の鼻に当たった。


「ミルクも入れて」


「はいよ」


 直哉の注文に母親が冷蔵庫を開けて、牛乳を入れる。出来上がったアイスカフェ・ラテが彼の座っていたテーブルの前に置かれた。


「ありがとう。部屋で飲むよ、調べものがあるから」


「分かった」


 直哉はマグカップを持って、そのまま部屋へ行く。部屋に入りマグカップをデスクに置いて、椅子に座った。デスクに置いていたノートパソコンの電源を入れる。音が鳴り、パソコンが起動した。


 調べものがあるなんて言ったけど、別に何もない。適当にネットニュースを漁ってやる事がなくなった直哉は、右上に表示された時間を確認する。


「ふぅ」


 小さくため息を吐いて、iPhoneを取り電話をかける。数コールで電話の向こうは出てくれた。


「直哉、どうした?」


「真島? 今、電話大丈夫?」


 電話の向こうからは、喧騒がした。それで真島は今、外にいるようだ。


「少しならいいぞ。彼女と待ち合わせ中だから。用件は?」


「あのさ。ちょっと外で会いたいんだよね」


「はぁ? どうして?」


「話がしたいんだ。前に言っていた新藤さんの件。どうしようもなくなったから、相談したい」


 以前に教室でのやり取りを思い出す。真島はそこまで本気じゃなかったかも知れないが、直哉からしたら割と本気にしていた。彼がそう話すと電話の向こうから、すぐに返事がなかった。代わりに駅前のガヤガヤとした喧騒が聞こえる。


「真島?」


「ああ、悪い。考えてた。新藤さん関係か、了解。十八時からでいいか?」


「いいの? 今日じゃなくてもいいんだけど」


「いいさ。俺も気になってたから。一回、向こうに事情を話すから100%じゃないが……」


「俺としては、出来たら森谷さんにも一緒に話を聞いてほしい」


「凛を巻き込んでも良いのか? 俺はその方が助かるけど」


 真島の声に心配が混ざっていた。彼が心配するのは分かっていた。


「知っておいてほしいんだ。森谷さんは新藤さんと仲が良いから、俺たちでは知らない事実もあるかも知れない」


「了解。じゃあ、待ち合わせた時に凛に話すよ」


「ゴメン。デートの邪魔して」


「今日は映画観て、ご飯食べる予定だから大丈夫。気にするな。じゃあな」


 そう言って、真島との電話は切れた。現在の時刻は十時過ぎ、真島だけじゃなくて森谷さんの協力を得られるのは、心強い。それに時間も確保出来た。すぐじゃなくて良かった。


 直哉は母に淹れて貰ったコーヒーを飲みながら、安堵する。


 待ち合わせの十八時の十分前、直哉は目的地の駅前に到着していた。母親には体調は大丈夫である事、夕食は不要である旨を伝えた。土曜日の夜は、金曜と変わらず騒がしかった。


 直哉は、待ち合わせのドトールコーヒーへ行く。店内のクーラーがここに来るまでに汗ばんだ体を冷やしてくれた。先に二人が来ている可能性を考えて、すぐに一階のカウンターで注文をせず、そのまま二階へと上がる。


駅前のドトールコーヒーはいつも大勢の人がいる。駅前独特の喧騒は、店内では少しは抑えられているが、雰囲気は残っている。


 その為、勉強をしたり本を読む場所としては不向きで、直哉はあまり訪れない。だが、今はその感じが丁度良いと感じた。


 二階に上がると、真島と森谷は既にテーブルに座っていた。四人がけのテーブルにそれぞれ対面に座り、隣に手荷物を置いている。確保してくれているようだ。


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