「第4章 夏夜のアスファルト」(3-2)
(3-2)
流石に二日連続で続くと疑うとよりも心配が先に来る直哉。教室に入った時、美結はいなかったので、本当に遅刻したのだと分かった。予鈴三分前に息を切らせて教室に入ってきた彼女の表情は本物だった。
「新藤さんが遅刻ギリギリってのは、珍しい」
隣で真島がボソッと言葉に出す。それは直哉も同意見。だが今日だって、昨日と同じように彼女からは事前に連絡が届いていた。よって、そういう意味での心配はしていない。問題はそっちではない。
「人間だから体調が悪いだってあるさ」
直哉は真島に流すように返した。
その日の放課後も昨日と同じように美結からは謝られた。昨日に続いて、今日もまた遅刻、迷惑をかけて本当にゴメンと言われた。
「明日こそは三度目の正直で大丈夫だから!」
「うん。待ってる」
“心読み“の確認作業も終わり、両手で強い拳を作ってそう宣言する美結に直哉は、平常心で返事をする。彼の顔を見ているはずのに何も変わらない様子で彼女は階段を駆け降りて行った。
そして、翌朝になって美結から遅刻しそうだから、先に行ってほしいとLINEが届く。誰に聞かれないため息を吐いて、【了解、気を付けて】と返事を書いた。それがもはや、日常と化していた。
美結は教室にいる時もあれば、いない時もあり、そこに法則性はない。遅刻ギリギリが続くので、もう真島も何も言わなくなりいつの間にかクラスの常識の一つとして認知されていた。
放課後に確認作業をする時は、最初に直哉に謝る。それが通例になっていた。美結が謝って、それを彼が許す。いつか謝られる事もない日々が訪れるのかもなと、心の深いところで考えていた。
――金曜日。
違和感を常に背中に背負ったような一週間が終わりを迎えようとしていた。
今朝も来なかった美結に謝られてから、放課後の確認作業を行う。右手を繋いで「……うん。今日も問題なし」と満足そうに話す美結に直哉は「良かった」と答える。いつもならここで彼女が帰るだけ。しかし、今日はちょっと違った。
「あのさ」
手を離しても中々、下に降りようとせず美結がそっと言葉を出した。
「なに?」
「今日、この後って佐伯くんは暇? 時間ある?」
「特に用事はないけど」
金曜日の放課後、何でも出来る余裕のある時間。実は直哉は、いつ美結から誘われても大丈夫なように時間を空けていた。彼が問題ないというと彼女の顔がちょっと明るくなる。
「良かったぁ。じゃあさ、この後グリーンドアに行かない? 特に何か用事がある訳じゃないんだけど、最近行けてないし。たまにはどうかなって」
「良いよ、俺は全然」
「本当? 良かった」
直哉が賛成すると、美結の顔が明るくなって喜ぶ。
「よーし、行こっか」
「ああ」
二人は一緒に階段を降りた。
学校を出てからグリーンドアに向かうまでの道のりは、いつもと変わらない。最後に行ってからは聞かなかったセミの声や、随分と夕焼けが遠くに行った事等の道中で季節の変化はあった。
グリーンドアに到着して、美結がカウベルの付いた緑色のドアを開く。
カランコロン。
聴き慣れた優しいカウベルの音が頭上に響く。店内はクーラーが効いていて、ここまで歩いて汗ばんだ体を冷やしてくれた。今日は店内の客はあまりおらず、カウンターの奥でノートパソコンを開いていた香夏子がカウベルに反応して顔を上げた。
「あっ、二人とも! 随分、久しぶりじゃない!」
「久しぶり! 香夏子さん」
「お久しぶりです」
美結と直哉がそれぞれに挨拶を交わす。香夏子は純粋に二人がこの店に来た事を喜んでくれている。それが見ているこっちに伝わってきて、嬉しかった。
「いつもの席に座ってるね」
「は〜い。すぐにお冷と注文に行くから」
香夏子がそう言って、それに微笑んで返す美結。
「行こ?」
「うん」
二人はいつものソファ席に座る。涼しい風を受けて、赤い窓枠から見えるアスファルトの上を歩く人達を横目で眺めていると、香夏子がやって来た。
「外、暑かったでしょう?」
香夏子に言われて、直哉は頷いた。
「一気に暑くなりましたね。駅からここに来るまでに大分、汗かきました。お店は涼しくて助かります」
「クーラーを入れ始めたのはちょっと前からなの。それまでは涼しいって思ってたのに、急に暑くなるから。本当、喫茶店としては飲み物が売れて嬉しいけど」
「ああ。なるほど、そういうのがあるんですね」
直哉の指摘に香夏子が「そうそう」と頷く。
「もう少ししたら、今年もかき氷を出そうかなって考えてるの。でもまだ真夏日じゃないから、出し惜しみ中」
「ちゃっかりしてるなぁ」
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