「第4章 夏夜のアスファルト」

「第4章 夏夜のアスファルト」(1)

(1)


 翌週、月曜日の放課後。直哉は真島と一緒に下校していた。朝の確認作業も再開して、放課後の確認作業もスムーズに進んだ。やはり、一日二回にした方が二人共、調子が良いようだった。


 土曜日に再開すると決めた小説の進捗具合を尋ねると、美結は少しずつではあるがやり始めたと教えてくれた。日にちを開けたので、かえって今までよりも書きやすいとの事。日数を空けた事がプラスになってくれて嬉しかった。


 放課後の確認作業を終えると、教室で待っていてくれた真島と帰る事になったのだ。放課後の確認作業は、それ程時間はかからない。少し図書室で用事を済ませて来るから待っていてくれと言ったら、彼は待っていてくれた。


 今日みたいな時間調整が出来るなら、これからも真島と帰る事が出来るかも知れない。学校を出た時、直哉はそう思った。


 今日の授業の感想を言い合ったりして、下らない話を続けながら二人の足は最寄り駅へと到着する。最寄り駅前のロータリー。タクシーやバスが停まっている中、見覚えのあるセダンが一台停車しているのが見えた。


 銀色のセダン。世界中に何台もあるその車。だけど、不思議と直哉には一目であのセダンだと分かってしまった。自然と彼の足が止まる。


「ん? どした?」


 横を歩いていた真島が急に立ち止まった直哉に首を傾げる。


「あ、いや……」


 楽しかった映画の途中で急に現実に引き戻されたような感覚に直哉は陥る。


 その力の象徴たるセダンの運転席のドアが開いて、一人の女性が降りてきた。それは先週の土曜日に会った美結の母親だった。彼女は真っ直ぐに直哉の所へ歩く。


「こんにちは、佐伯くん」


「……どうも」


 彼女にコクリと頭を下げる直哉。


「知り合い?」


 隣にいる真島は状況が分かっておらず、直哉にそう尋ねる。彼は、真島の顔を見ずに説明する。


「ああ。新藤さんのお母さん」


「へぇ」


 端的な説明だけで真島は現状を把握出来たようだった。続けて彼は直哉の肩に手を置いた。


「了解。俺は電車に乗るわ。また明日」


「ありがと」


「おう。おつかれー」


 短い会話だけを交わして真島は直哉から離れていく。残された二人の内、最初に声を出したのは美結の母親だった。


「佐伯くんのお友達、良い子ね」


「はい。良い奴ですよ」


 真島の名前を言わなかった。相手に余計な情報を与えたくなかったからだ。そんな彼の心情を知っているのか。彼女は、これ以上は何も聞いてこなかった。


 代わりに直哉は彼女が一番、知りたいであろう情報を提供する。


「新藤さんなら、俺より先に学校を出てたからもう電車に乗ってると思いますよ」


「そう」


 この駅のロータリーでいくら待っていても美結には会えない。その情報を伝えれば彼女はすぐにどこか行く。しかし、その考えは間違っていた。


「けど、用があるのは、美結じゃなくてあなたの方なの。佐伯くん」


「……え?」


 直哉は、まさか自分が目的だとは思わなかった。背筋が震えた感覚に襲われる。


「そんなに怖がらなくても大丈夫。別に危害を加えるつもりはないの」


「そう、ですか」


「うん」


 そう頷くと彼女は、車まで戻り土曜日に美結が乗った後部座席を開けた。


「良かったらこの後、私とドライブしない?」


「ちゃんと、家に帰してもらえますか」


 警戒心がむき出しの直哉の質問に彼女は手で口元を押さえて笑う。


「当たり前でしょ。子供を誘拐なんかしません。約束します」


「分かりました」


 守られる保証なんてどこにもない半透明な約束を切符にして、直哉は彼女の車へと乗り込んだ。乗り込んだ車は直哉が生まれて初めて乗る高級車だった。


豪華な皮張りのシートとスモークガラス。微かに鼻にぶつかる芳香剤の爽快な香り。この車は、休日に家族でドライブするような車ではない。


 直哉が乗ったのを見て、バタンとドアが閉められる。そして、彼女はそのまま運転席へと座った。


「では出発します」


 二人を乗せた車は緩やかに発進した。

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