「第3章 二人の家族の対応の差」(2-2)

(2-2)


「あの日から毎日確認作業して、一ヶ月が経過した」


「うん」


「今でも“心読み”が回復する兆しはない」


「うん……」


 現段階で分かっている事実と淡々と羅列していく。それに申し訳なさそうに声を小さくしていきながらも、返事をする美結。


「原因が判明していない以上、下手な行動はしない方がいいって方針だったけど、そろそろ動いて刺激した方が良いかもしれない」


 そう話す直哉だが本当は、彼自身もあまり動きたくない。だけど、一ヶ月まるで効果がない為、動かざるを得ない。彼の提案に美結はゆっくりと頷く。


「私もそう思う。でも刺激って具体的にはどんなの?」


「ゴメン。俺なりに小説とか漫画とか調べたけど、どれも参考にならなかった」


 流石にフィクションからでは、満足いく結果には至らなかったのだ。自分から提案しておいて、具体的な解決案を示せなかった直哉に美結がホッとしたように両肩を下げた。


「えっ?」


 思わず直哉は声を出して反応する。すると、美結が「ち、違うのっ」と慌てて弁明した。


「案がない事に安心したんじゃなくて、私だけ何も浮かんでなかったら、どうしようって思ったからっ、ゴメンなさい。一生懸命考えてくれてるのに……」


「ううん。別に怒ったりはしてない。二人で考えよう」


 直哉がそう言うと、美結は「うん」と同意した。それを聞いてから「あと、聞きたいんだけど……」と彼は話を続ける。


「なあに?」


「新藤さんが“心読み”を使えなくなった最後の日。あの日は、何か変わった事はなかった?」


「うん。何もなかった。本当に突然、読めなくなっちゃったから。心当りもない」


「なるほど……」


 何か原因があったとするなら、最初の日を考えるのが定石。本人が覚えていなくても何か小さな事がトリガーとなった可能性がある。


 直哉はそう考えていたが、美結本人から心当りがないと言われたら、そこでストップする。


 止まった思考を吐息に変えて口から吐き出す直哉。そんな彼を見て美結が「ゴメンね、役に立てなくて」と謝った。謝らなくていいと言ったけど、やっぱりすぐには直せないようだった。それを理解しているから彼も何も言わない。


 教室では決して見せない美結の顔。その表情を直哉だけ知る。歯痒い思いをしながらも何とか動こうと、彼女を励ました。


「大丈夫。今は少しでも前に進もう」


「うん。ありがと」


 とは言ったものの、具体的な刺激について二人で探すが、難航する。美結は閉じたバインダーを再び開いて、真っ白のページに色々な案をメモしていく。


 ・学校を休む。


 ・友達と話さない。


・クラスメイトと喧嘩してみる。


 ・テストで高得点を取る。


 ・部活動に参加する。


 二人の間で出た刺激は、どれもパッとしない。それどころか他の問題を作ってしまい兼ねない。そんな陳腐な案さえあった。


無常にも時間だけがどんどん過ぎていく。気付けば時計は十九時を過ぎていた。あまり長居してもお店に悪い。このあたりが潮時だろう。


 直哉がそう考えていると、美結が「ねえ、」と聞いてきた。


「なに?」


「佐伯くんって晩御飯は家で食べる?」


 直哉にそう聞きながら、美結は視線を店内のアンティークの壁掛け時計に向ける。


「別にどっちでも大丈夫」


 真島と学校の帰りに夕食をマクドナルドで済ませた経験が何回もある。母に連絡をすれば、そこまで大きな問題ではない。


「だったらさ、夕食はここで食べない?」


「うん。いいよ」


 美結の提案に特に断る理由なく直哉は了承した。


「やった!」


 直哉の了承を受けた美結は、テーブルに立てられたメニュー表に手を伸ばした。いつも頼むドリンクメニューが違うページを開く。そこには喫茶店の夕食が記載されていた。


 テーブルに置かれたメニューを二人して、覗き込みそれぞれ食べたい物を考える。やがて、美結が先に顔を上げた。


「新藤さんは決まった?」


「うん。決まったよ」


「ゴメン、もうちょっと待って」


「いいよいいよ。ゆっくり選んで」


 美結がメニューを広げて直哉に向けてくれた。彼が選んでいる間、彼女は端に寄せていたバインダーを閉じて通学カバンに入れる。それは、“心読み”の話は終わりであるという意味していた。思わず安堵してしまいそうだったので、直哉は頭をメニューに集中させる。


「何かオススメとかはある?」


「私も全部食べた訳じゃないからなぁ〜。基本的に全部美味しいよ。私的にはハヤシライスがオススメ」


「そうなんだ。ならハヤシライスにしよう」


 この店の常連である美結のオススメなら美味しいはずだ。直哉がメニューを決めると、彼女はクスリと笑った。


「責任重大だ」


「新藤さんは?」


「私はねー。ペペロンチーノ」


「それも美味しそう」


「美味しいよぅ〜? 届いたら、二人で一口ずつシェアしようね」


「オッケー」


 夕食の方針が決まったところで、美結は手を上げて香夏子を呼んだ。


「はいはい。どうしたの?」


「グリーンドアで夕食も食べていこうって思って、いいですか?」


 美結が尋ねると、香夏子がパアっと笑顔になった。


「もちろん。食べていってくれると、とっても嬉しい」


「良かったです。それじゃあ、ハヤシライスとペペロンチーノを」


「かしこまりました。単品でいいの? サラダは付ける?」


「あ、そうだ。サラダがあるんだ。どうする?」


 美結が直哉を見て選択を迫る。彼女はこちらに合わせるスタンスのようだ。迷って時間を取らせても悪い。彼はすぐに答える。


「サラダセットにして下さい。二人とも」


「了解。食後の飲み物はどうする? アイスコーヒーでいい?」


「俺は大丈夫です」


「私も」


 二人が了承したところで、香夏子は「かしこまりました」と言って、頭を下げると、カウンターへと戻っていった。彼女の背中を見ながら、直哉は疑問を口にする。


「料理も香夏子さんが作ってるの?」


 直哉の質問に美結は首を左右に振った。


「ううん。奥に厨房があって、そこで香夏子さんのお父さんの純一郎さんが作ってるの。自分は無口だから接客は向いていないって奥にいってる人なんだ」


「へぇ。そうだったんだ」


 料理の経緯までよく知っている。


「グリーンドアには、中学校の頃からよく来てるから」


「転校してたのに?」


 美結の話に自然と浮かんだ疑問を投げかける。美結は笑って手を振った。


「そんなに広範囲の転校じゃないから。受験勉強とか、よくグリーンドアでしてたの。最後の中学二年の秋に転校して、クラスの皆が行ってる塾とか行き辛くて、一人でこの店で勉強してた」


 数ヶ月前の事をまるで十年以上前の遠い思い出のように美結は語る。転校を重ねていた彼女にとって、一つの居場所が出来たのは本当に大きかったのだ。


 そう思っていると、美味しそうな香りが漂ってきた。香りの導線につられて視線を移すと、そこには二人の注文した料理をトレーに乗せる香夏子の姿があった。胃が準備運動を始める。


「あ、いよいよだ」


 美結がイタズラの前触れのようなワクワクする声を出した。どんどん近くなってくる香り。香夏子がトレーを持って、二人のテーブルまでやって来た。


「はーい、お待たせしました」


「やったぁ。美味しそう」


 喜ぶ美結に微笑んで、二人の前にテキパキと料理を並べる。直哉の前にもハヤシライスが並べられた。立ち上る香りは、普段家で食べるのとは、違ってより美味しそうだ。小鉢に置かれたサラダ。机に置かれたドレッシング。最後に一旦、奥に戻った香夏子が再び戻り、お冷のピッチャーがあらためて置かれて、「ごゆっくり」と香夏子はテーブルから離れていった。


「いただきます」


「いただきます」


 

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