「第3章 二人の家族の対応の差」(2-1)

(2-1)


――金曜日の放課後。


二人はかつての緑色のドアの喫茶店へ向かっていた。二回目で初めて店名がグリーンドアという名前だと知る。美結からLINEで聞いてピッタリの店名だと思った。


あの店に集まる事になったのは、美結の提案。彼女曰く、この店から始まったのだから、この店に集まった方が都合が良い。取り敢えず一ヶ月経過したし、定例会をしようという事になったのだ。


 それに明日は、土日で休みなのである程度時間を許して話せる。木曜日の夜にLINEでそう提案されて、直哉は了承した。


 乗換駅で降りて、繁華街を超えてオフィス街へ、広場を横断する。前回、美結と二人で歩いたコースを今日は一人で歩いた。見慣れた店の外観が目の前に現れる。


 ドアの前に立ち軽い緊張を覚えつつも、そっと緑色のドアを開く。カランコロンとカウベルの優しい音が頭上から響いた。


 店内の様子は流石に一ヶ月では何も変わらない。その事にどこか安心していると、カウンターにいた香夏子と目が合った。


「いらっしゃい、直哉くん。久しぶり」


「はい、お久しぶりです。香夏子さん」


 一ヶ月ぶりに会った香夏子は直哉の名前を完璧に覚えてくれていた。彼も覚えている彼女の名前を言って、頭を下げてから、先に来ていると連絡があった美結の姿を探す。店内を見回す彼に香夏子が「ああ」と反応する。


「美結ちゃんなら、もう来てるよ。この間と同じソファ席」


「そうですか。ありがとうございます」


 香夏子に言われて、ソファ席に視線を向けると、イヤホンをして何かを書いている美結の姿があった。彼女の姿を見つけて、ホッとした直哉はソファ席に足を向ける。


「すぐお冷持って行くからねー」


「はい」


背中の向こうから聞こえる香夏子の下を離れて、ソファ席へ。直哉が傍に来た事が足音から伝わったらしく、美結は顔を上げた。


直哉に反応してテーブルに広げていたルーズリーフのバインダーをすぐに閉じる。素早い行動にもしかして、来てはいけないタイミングだったか。と勘ぐってしまう。


 だけど、直哉が抱いた危惧は間違いで、美結はすぐにイヤホンを外して両手を合わせる。


「ゴメンゴメン。ちょっと書き物してて」


「書き物? 宿題とか出てたっけ?」


「あ〜、うん。そうじゃないんだけど……」


 直哉の質問に美結は歯切れ悪く答える。やがて、観念したように小さく開けた口から短い息を吐いて「……笑わない?」と聞かれる。彼は「笑わないよ?」と返した。


 直哉の笑わないという言葉を聞いて、肩を上下させた美結。まるで、“心読み”を告白する時と似たような緊張が彼の背中から立ち上る。


「言いたくなかったら、」


別に言わなくてもいい。緊張を回避する為にそう言おうとした直哉だが、彼よりも早く美結が声を出す。


「実は、小説を書いてるの」


 店内に流れるBGMに流れてしまいそう程、美結は小さい声量で告白した。一方の直哉は身構えていた身体から力が抜けて弛緩していった。


「そ、そっか。本を読むだけじゃなくて書いてるんだ」


「高校受験の息抜きで書き始めて。今も書いてるの、長いのをコツコツと」


「俺は読むだけだから、自分で書くなんて凄いじゃん」


 自分にはゼロから物語を作るなんて出来ない。素直な気持ちを口にすると、美結は照れながらも「あ、ありがとう」と礼を言った。そして一拍置いて「完成したら、読んでくれる?」と聞いてきた。


「それぐらい全然」


 軽い気持ちで頷いて了承すると、美結は目を見開いて「本当!? ありがとう!」と笑顔で喜んだ。


 直哉からしたら、そこまで喜ぶと思っていなかったので、彼女の反応に驚いた。そのタイミングで香夏子がお冷を持ってきた。


「ゴメンね。遅くなっちゃって」


「ありがとうございます」


 目の前に置かれたお冷に礼を言って、直哉は自分が何も選んでいなかった事を思い出す。


「注文決まった?」


「あ、えーと。アイスのカフェ・ラテを」


 脳裏に浮かんだメニューを注文する。目の前に座る美結は既に自分のアイスコーヒーを注文していたので、頼むのは直哉だけだった。


「かしこまりました」


 香夏子が丁寧に頭を下げて、カウンターへと戻っていく。置かれた自分のお冷に口を付けて、少しすると彼女がアイスカフェ・ラテを運んできた。


「お待たせ致しました」


「ありがとうございます」


「では、ごゆっくり」


 香夏子が伝票を置いて離れていくと、直哉は置かれたアイスカフェ・ラテにストローを刺す。ストローに口を付けると、コーヒーの苦味と甘いミルクが絶妙に溶け合った味が口内に広がる。この深い味は自動販売機では出せない。


 一息ついたところで、「さてと」と直哉はここに来た目的を果たそうと会話を切り出す。

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