「第3章 二人の家族の対応の差」(1-2)
(1-2)
学校に到着すると、当然だが直哉の方が先に教室に入る。真島は既に席に座っていた。
「おはよー」
「ああ、おはよう」
軽い挨拶を交わして席に付き、通学カバンを机横に掛けて授業の準備をする。いつもと同じ朝。特別なのは、ホームでの握手だけだと直哉はあらためて実感する。彼が用意してから少しすると、美結達が教室に入って来た。
“心読み”がない初めての朝。果たして美結は上手くやれるだろうか。と心配していたが、一瞥する限りは大丈夫そうだった。仲良く話をしながら、椅子に座って準備をしている。昨日と一緒だ、周りにはまず不審に思われない。
“心読み”がないから、本人はきっと不安でたまらないはずなのに、それを気付かせない本人の努力には感心する。直哉がそう考えていると、予鈴が教室に鳴り響く。今日も一日が始まった。
授業はつつがなく終わり、あっという間に放課後になった。二時間目までは、やっぱり大丈夫なのかと美結を心配していた直哉だったが、午後からはそれも完全になくなり、いつもの一日となった。
放課後、掃除当番の直哉は、教室の掃除を終えると、昨日と同じように図書室前の階段の踊り場にいた。確認作業の集合場所を教室や下駄箱にしなかったのは、朝のホームと同じく他の人に見られない為の処置だ。
直哉達は一年生だから、まだ図書室の利用頻度は少ない。変更の可能性もゼロではないが、今はこの場所でいい。
「ゴメン、遅くなった」
「いや、俺もさっき来たところ」
息を切らせて階段を上ってきた美結に直哉がそう言うと彼女は笑顔を見せた。
「今日が初めてで、少し遅くなっちゃったけど、明日からはすぐに間に合うようにするから」
「うん。ありがとう」
美結に礼を言って、直哉は右手を前に出す。朝以来の確認作業だ。思い浮かべる事は、朝食ではなく今日一日の授業の感想を適当に。伸ばした彼の右手を彼女が掴む。
「ふふっ、さっきの古典の授業。そんなに眠たかったの?」
「眠気との戦いだった。黒板の文字も書けなかったところが何ヶ所があったよ」
読まれた心の内を美結に補足する。この会話が出来ている時点で既に確認作業は完了していると言えた。
「私のノートで良かったら、貸そうか?」
「え? いいよ別に」
美結からの提案を咄嗟に否定しまう。彼女に借りなくても真島に借りれば済む。そう直哉が考えていると、手を繋いだままの彼女が「そっかぁ。」と呟く。
「私よりも真島くんの方が良いのか。まぁ、貴重面っぽいもんね。字も私よりも全然綺麗そう」
「あっ、そんな事はないんだけど」
直哉はそう言って慌てて取り繕う。真島のノートが優れているから断ったのではない。単に彼の方が席が隣でいつも話すから貸し借りがしやすいだけだ。
それをどう伝えようか迷っていると、美結が「大丈夫、伝わってるよ」と言った。そう、直哉の手はまだ彼女と繋がったままなのだ。その現象に気付き彼は手を離す。手を離した時に流れ込む空気の流れは、朝のホームと似ていた。
「これで“心読み”が出来ている事が証明出来た訳だ」
「うん。そうだね」
まるで場面転換を目的としたような発言に美結は、まだ余韻を残していた。
「俺には“心読み”が現段階でも使えるって分かったけど、他はどう? いつも話してるメンツとか」
直哉がそう尋ねると、美結は力なく、首を横に振る。
「誰も読めなかった。やっぱり読めるのは、佐伯くんだけ」
「そう、か」
直哉が相槌を返すと二人の空気が下降していくのを感じていた。このままではいけない。美結を励ますように一オクターブ声を上げて口火を切る。
「しょうがないよ、昨日の今日なんだ。焦らずじっくりやっていこう」
「ありがとう、佐伯くん。明日の朝もよろしくお願いします」
美結はまた階段を駆け降りていった。放課後も朝と同じで友達と帰るので、ここで長居は出来ない。朝と違い、待たせている事になっているので、より慎重にならないと。
「ああ、また明日」
美結の背中越しに声を届ける直哉。一瞬、彼女にその声がちゃんと届いたかと不安になるが、彼女はこちらを振り返らず、手を上げてくれた。
美結の足音が遠くなったのを確認してから、直哉は自分も帰ろうと下駄箱へと足を向かわせた。
――そんな生活を一ヶ月続けた。
季節が四月から五月へと変わり、春が終わりを迎えて代わりに夏の頭が見えてくる。通学路の桜が咲いていた木々には、新緑の葉が付くようになり、歩いていると、また違う景色を見せてくれた。
美結の“心読み”は相変わらず戻らない。朝のホームと放課後の階段の踊り場。一日二回、彼女と握手をする毎日を過ごす。根本的な原因が解明されてない以上、下手に動けない方針が変わらない。やれる事は、本当に現状の保護だけだった。
進歩がない停滞する毎日。今にこれが緩やかな下降に繋がってしまうのではないか。心のどこかで直哉は、そう考えてしまう。
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