「第2章 初めて覗かせる彼女の素の表情」(3-3)
(3-3)
緊張感を纏って話す美結に直哉も緊張してくる。
「ありがとう。では、早速。佐伯くん、右手を出してもらってもいい?」
「え? ああ、うん」
言われるがままに直哉は右手を出す。すると美結がその右手をそっと手に取った。今までに何回か手首を触られた事はあったけど、店内のせいで外とは違う恥ずかしさが、込み上げてくる。
だが、戸惑う直哉を余所に美結は手を繋いだままで、話を続ける。
「佐伯くんは、今日の朝ごはんはラーメン?」
「いや、違うけど」
突然の質問に戸惑いながらも否定すると、美結が「ああ」と言って何かを感じ取るように納得する。
「なるほど。今朝は目玉焼きが乗って焼かれた食パンとサラダ。あとヨーグルトとコーヒーか。結構、しっかり食べてるんだね。私は今朝はシリアルだったな」
淡々と直哉の食べた朝食を当てながら、美結自身の朝食を軽く説明する。それを聞かされている彼には、何が起こっているのか分からない。
「分かってない?」
「うん。ゴメン、よく分からない」
直哉がそう話すと、美結は気まずい顔をしつつ手を離した。
「私はね、触れた相手の心の中が青い文字になって読む事が出来るの」
「……はい?」
突拍子のない美結の説明に直哉の思考は、完全に停止する。数秒してから、再起動した少しぼんやりとした頭で浮かんだのは、数々の疑問だった。
相手の心の中が青い文字になって読める? いやいや、そんな魔法みたいな事、この現代日本で起こり得るはずがない。もしかして緊張しているのが伝わったから、和ませる為に冗談を言った? いや、でもさっきの表情は真剣だった。
大量の疑問に脳が圧迫されていると、美結は再び彼の手を繋ぐ。繋がれて初めて、ああ右手を出したままだったと、客観視している自分がいた。
「確かに。いきなりこんな話を言って信じろって言う方が無理だと思う。私が佐伯くんの立場なら、同じような事を考えたと思う。でも真剣に話す私を見てくれたんでしょ? 本当だよ、嘘でも何でもない」
こちらを真っ直ぐ捉えて離さない美結の二つの瞳。その力強さからは、言っている事が真実だと思わせる。考えが完全には纏まらないまま、直哉は慎重に彼女に尋ねた。
「……本当に相手の考えてる事が分かるの?」
「うん。分かるよ」
「そうか。そこまで新藤さんが言うなら、取り敢えずは信じる方向で」
「ありがとう」
直哉が信じると言うと、彼女は口から息を吐いて安心した。ここでようやく手が離れた。手を離した時、彼の中で安心してしまった。そこにどうしてだか、罪悪感を感じてしまった。
「ええと、それって何か名前とかあるの?」
「私は、“心読み”って名前を付けてる」
もっと凝った名前なのかと思ったが、聞いてみたら意外と普通な名前だった。直哉がそう思っていると、美結が「今、普通だなって思ったでしょ?」と目を細めて聞いてきた。
「えっ!?」
手を繋いでないのに。もしかして一定時間繋いでいたら、少しの間ななら分かる!? 思わずそんな妄想を広げていると、ため息混じりに美結が答える。
「顔に書いてあった」
「あっ……」
「まあ、佐伯くんの言いたい事も分かるよ。私もそのまんまだなって思ってる」
そう言って、美結は説明を続ける。
「今となっては、この名前がすっかり馴染んだから」
「そっか」
名前の由来で正直、これ以上引っ張ってもしょうがない。それよりも聞きたい事は他にあるのだ。直哉は頭に浮かんだ疑問を尋ねる。
「新藤さんが今までクラスとかで人の手首とかに触ってたのって……」
直哉の質問に美結はドキッとした顔を見せる。その表情だけで答えが分かったので、話さなくても良いと思ったが、彼女は言葉を続けてしまう。
「相手の心に書かれている事を読めば、コミュニケーションはとても簡単。相手の言いたい事、言ってほしくない事。それに合わせればいい」
「そりゃそうだ」
答えが分かっている会話は美結の言う通り、とても簡単だろう。そんな力がない直哉でも容易に想像出来る。今までクラスメイトと楽しそうに話をしていたのは、ずっと“心読み”を使っていたから。
その答えが出て、直哉の中に驚きとショックの波が押し寄せる。それに押されて彼が黙っていると、美結が「軽蔑した?」と口にした。
「いや、そこまでは」
と直哉が返す。その辺りの感想を抱くのは、まだ先になりそうだ。彼の返事を聞いて、美結は「分かった」と漏らす。「それで、相手の考えている事が読めるのに、何で階段で泣いてたの?」
本題の疑問を美結に投げる。
「それは……」
直哉の質問に美結は言い淀んで、すぐに答えない。彼は、彼女から説明が入るのを辛抱強くじっと待った。ややあって、彼女が謝った。
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