「第2章 初めて覗かせる彼女の素の表情」(3-2)
(3-2)
いつものソファ席が空いていると香夏子から聞いて、美結はスタスタと店内奥へと歩く。直哉もそれに続いた。彼女が言っているソファ席とは、赤い窓枠手前のソファ席だった。茶色い革張りのソファ席に落ち着いた木のテーブル。体面上に座って彼女が、通学カバンを肩から外した。
「ふぅ」
美結の口から吐息が漏れた。張り詰めていた気持ちが抜けたのが直哉にも伝わる。学校で呼び出された時はどうしようかと思ったけど、今の表情はもういつもの彼女だった。
「どうしたの?」
「あ、もう大丈夫だそうだなって思って……」
直哉がそう話すと、美結は微笑む。
「そうだね。学校にいた時よりは大分落ち着いたかも」
「良かった。それで話って、」
何? と直哉が続けようと思ったところで美結が彼から視線を逸らして横へ向ける。彼女の視線の先には、銀のトレーにお冷を持って来た香夏子がいた。
「はい。お待たせ」
「ありがとう。香夏子さん」
お礼を言った美結に合わせて、直哉もペコリと頭を下げる。
「ご注文はお決まりですか?」
「ゴメンなさい。まだ決まってないの。決まったら呼ぶね」
両手を合わせて、美結が謝る。そのやり取りが実に慣れたものだと、間近で見た直哉はそう感じた。
「りょーかい。決まったらいつでも呼んでね。勿論、直哉くんも」
「はい。分かりました」
二人にそう言った香夏子は、またカウンターへと戻っていく。彼女が見えなくなってから、美結が「先に注文を決めちゃおう」と提案してきた。
窓枠に立てられたメニューを手に取り美結が机に広げる。二人は、それを覗き込んだ。
「新藤さんはよく来てるんだから。お気に入りのメニューがあるんじゃない?」
視線をメニューに向けながら直哉が質問する。
「あるよ。でも、そればっかりだと、偏るし。たまには違うのを頼んでみようかな。この店の飲み物は全部美味しいもん」
「そっか」
そんな会話をしつつ、直哉は自分が飲む物をメニューから決めた。彼が顔を上げたタイミングで美結が聞く。
「何にするか決まった?」
「うん。カフェ・ラテにしようかなって。初めてだし、まずは定番の物を」
「良いと思う。私は、キャラメルラテにしよっと。香夏子さん呼ぶね」
直哉が頷いて「お願い」と頼むと、美結は手を上げて目線をカウンターへ。それに反応して、香夏子がやって来た。
「はーい。ご注文は決まりましたか?」
「はい。キャラメルラテとかカフェ・ラテをお願いします」
「かしこまりました」
美結の注文を取って、香夏子はカウンターへと戻っていく。
「佐伯くん、すぐに出てくると思うけど、どうする? ちょっとだけでも話す?」
「いや、いいよ。運ばれてきてからにしよう。変に意識しちゃうから」
「そうだね、そうしよっか」
直哉の否定を美結はそのまま受け入れた。どうせ話すなら、万全の環境で話したいという自分の気持ちはどこも間違っていない。そう信じた。
美結が言った通り、香夏子は直哉が予想しているよりも早く注文した飲み物を持って来た。
「はい。お待たせしました」
「わぁ、早い。ありがとうございます香夏子さん。キャラメルラテが私で、カフェ・ラテが佐伯くんです」
「了解しました」
美結に言われた通り、香夏子はそれぞれの飲み物を目の前に置いた。直哉の前に置かれたカフェ・ラテは、コーヒーとミルクの丁度良い香りが立ち上り、彼の鼻を刺激する。美結の方は、運ばれたキャラメルラテを手に取って香りを楽しんでいた。
「ああ、キャラメルの甘くて良い香り」
「そうでしょ〜。ウチのは美味しいからね。あ、勿論カフェ・ラテもね」
「はい。良い香りです」
話を振られて、笑顔で返す直哉。彼が好評だった事が嬉しいらしく、「えへへ」と笑ってから、「では、ごゆっくり」と言ってテーブルから離れていった。
直哉は運ばれてきたカフェ・ラテに口を付けた。温かいコーヒーの丁度良い苦味と香りに泡立てた牛乳が加わって、とても美味しかった。
「美味しい」
「本当? 良かった。帰る時に香夏子さんに言ってあげて。きっと喜ぶから」
「うん。言うよ」
美結も自身が注文したキャラメルラテに口を付ける。
「あ〜、美味しい。久しぶりにここのキャラメルラテ飲んだけど、やっぱり落ち着くなぁ」
「そりゃ良かった。今度来た時は、頼んでみる」
「うん。ぜひ」
互いに飲み物の感想を言い終えると、流れる空気の色が少しずつ変わっていく。それはこの店に来た本来の由来している。その空気を美結の一言でより強くしていく。
「さて」
美結の始まりに直哉は頷く。
「今から話す事なんだけど、これまで家族や親戚の一部の以外に話した事がなくて、ちゃんと説明出来ないかも知れない。分からない事があったら、途中でも遠慮なく言ってほしい」
「分かった」
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