「第1章 図書委員での出会い」(3)

(3)


 二人は他愛のない話をしながら、最寄り駅まで歩いた。最寄り駅は地下鉄で降りる駅は同じ乗換駅。そこからはバラバラに別れて、直哉は私鉄。美結はジェイアールとなる。改札を抜けて地下鉄のホームまで降りてくると、学生の姿は多い。


 ウチの学校だけじゃなくて他の学校の学生も何人かいた。皆、まだ来ない電車を待ちながら適当にホームドアの手前で列を作っている。


 発車標に目を向けると、どうやらさっき電車が行ったばかりのようだった。次の電車までは、まだ数分ある。


「ゴメン、佐伯くん。私、ちょっとトイレ」


「ああ、うん。どうぞ」


 直哉の頷きを見てから、美結はホームにあるトイレへと向かった。彼女がいなくなった事で急にいつも通りに戻った彼は、文庫本を取り出した。最後に読んだのは昼休み。それから時間は経過している。ページを開いて、物語を目で追った。


 数ページ読んだところでホームに次の電車が来るアナウンスが鳴り響く。文庫本を閉じて、通学カバンへ。そう言えば美結がまだ戻っていない? ずっと下を向いていた顔を上げて何気なく振り返ると、彼女は後ろで本を読んでいた。


「おっ!」


 小さく驚く直哉に美結はピクッと反応して顔を上げる。


「あっ、電車来るね」


「ずっと後ろで本読んでたの?」


「あー、うん。驚かせるつもりはなかったんだけど、邪魔しちゃ悪いかなって」


 直哉の驚いた声に申し訳なさそうに美結が頬を掻いた。


「大丈夫。ちょっと驚いたのは事実だけど」


「そう? ゴメンね」


 二人は列の最後尾に並んで、到着した地下鉄に乗った。時間帯にしては割と空いて、二人分スペースがあるシートを見つけた。腰を下ろした途端、美結が安心したように息を吐いた。


「ふぅ。後から並んだけど、何とか座れたね」


「もう、ちょっとしたら部活終わりの学生とぶつかるだろうから、運が良かった」


「確かに。図書委員会は時間に優しいのかな」


「それはどうだろう。あくまで今日が初回だから、すぐ終わったんじゃないかな」


 せっかく、希望を抱いたところ申し訳なかったが、次回に分かってしまうより今日の方が本人の為だと思い、直哉は早々に希望を砕く。


「ああ。そっか、残念」


「その分、今日がラッキーだったと思うしかない」


 それから乗換駅に到着するまで、様々な話をした。本の趣味が似ていたので、本の話題は勿論。始まったばかりの学校の授業や学校生活で盛り上がった。真島と話している時とは、違う視点で話しているので、どの話も新鮮だった。


「佐伯くん。連絡先、交換しようよ」


 乗換駅に到着する一つ前の駅に止まった時、美結がそう言ってブレザーの内ポケットからiPhoneを取り出した。


「いいよ」


 直哉も同じくiPhoneを取り出す。高校入学祝いに買ってもらったモデルは、まだ新しく大切に使っていた。クラスメイト何人かとは、既に連絡先は交換しているが、女子とするのは初めてだった。彼女の取り出した一世代前のiPhoneに緊張する。


「あっ、佐伯くんのiPhone新しいやつでしょ」


「そう。入学祝いで買ってもらった」


「いいなー。私はずっとこれを使ってるから」


 AirDropを使って、連絡先を交換する。交換し終えたタイミングで丁度、駅に到着した。これで終わりだとiPhoneをしまおうとした直哉を美結が右手を伸ばして慌てて止める。彼女の右手が自分の腕に触れた。


「待って待って。まだLINE交換してない」


「なら降りた時に駅のホームで」


 二人は立ち上がり、電車を降りた。乗換駅のホームは、多くの路線が通っているので、どんな時間帯も大勢の人で溢れている。階段への道順からズレたらマシになるだろうと、自動販売機横へ。


 大きな川の流れの隙間のような場所に流れ着いた二人はLINEのQRコードを交換する。直哉のiPhoneに美結の名前が表示された。


 おそらく自分以外にも沢山の男子と交換していると思われる美結は、直哉の表示が出た事に慣れた様子で「よしよし」と満足そうに頷いていた。


「じゃあ佐伯くん。これから一年間。図書委員としてよろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしく」


 急に畏まった挨拶を交わしてから美結とズレた道順へと戻る。既に二人が乗っていた地下鉄の乗客はいなくて、次の流れに乗っていた。そのまま改札まで流れ着いて、改札を抜ける。ここからは、彼女とは別の路線となる。


「じゃ、また明日」


 直哉が自分の乗る路線へと足を向ける。


「うん。また明日ね」


 美結もこれから乗る路線へと足を向ける。高校に入学して色々と緊張した下校はこれで終わる。


 いつもの状態に戻りかけた直哉に美結が「あっ、そうだ」と声を掛けた。


「どうかした?」


 何か伝え忘れでもあったかと直哉が尋ねると、美結は言い辛そうに口を横一文字にしてから、そっと開いた。


「さっき見せてもらった文庫本。開く時に少し曲げちゃってゴメンね」


「……いや、大丈夫」


 それまでの楽しい雰囲気から離れた謝罪。


 美結は気付いていたのだ。申し訳ないと思う気持ちも存在していた。笑顔で話しながらも抱え込んで、話すタイミングを狙っていた。そんな彼女の心境を理解して、直哉は首を横に振る。


「本当に大丈夫。あれぐらいなら、折れ目になる程じゃない」


「うん」


 直哉の言葉にホッとした表情を浮かべた美結は再度笑顔を作った。


「今度こそ、また明日」


「うん。また明日」


 直哉は美結と別れて、自分の路線の改札を通った。途中、一回振り返ったが彼女は振り向く事なく、人の流れの中に消えていった。


 美結と別れた直哉は一人、足を進ませる。改札を抜けてホームへと上がった。今度乗る私鉄は、地上へと上がる。地下とは違う種類の風が吹いて、彼の髪を撫でた。


 直哉は電車を待つ間、通学カバンから文庫本を取り出す。それは先程、彼女が謝った本。一応、開く前に確認する。本当に折れ目は付いていない。下手な言い訳にならなくて良かったと安堵する。


 美結のコミュニケーション力の高さは転校の経験で身に付いたものだろう。詳しくは聞いていないが、あの話しぶりからして一回ではなく、複数回を経験している。別れ際に謝ってきたのも、おそらく曲げて開いた際の自分の微妙な顔の表情を察したのだ。


 同じ高校生なのに人生経験の差がハッキリ出ている。電車到着のアナウンスを耳にしながら、直哉はそう感想を抱いた。


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