「第1章 図書委員での出会い」(2)

(2)


「一緒に帰ろうよ」


「教室で友達とか待ってるんじゃないの?」


 図書室に行く前に美結が話していた二人が直哉の頭に浮かんだ。すると、彼女は首を左右に振る。


「今日は一人。教室で話してた二人は、先に帰るってさっきLINEがきたから」


「そう、なんだ」


「うん。だから一緒に帰ろうよ。せっかくだし」


「分かった」


 押されるように直哉は了承する。クラスメイトの女子と帰った経験がなかったので、了承した直後は変な緊張があったが、美結本人は、何とも思っていなさそうだった。


 下駄箱で靴を履き替えて昇降口を出ると、グラウンドから聞こえていた運動部の声がより身近になった。ユニフォームを着て走る野球部。金属バットにボールが当たる金属音が空に吸い込まれていく。


 フェンス越しに二人でその校庭の横を歩く。すると「うわぁ〜、大変そう」と美結が感想を述べた。彼女が帰っている事に気付いた陸上部が「お疲れ〜」と手を振っていた。それに彼女も返す。


分かっていた事だが、美結の交友関係の広さを隣で実感する。相手は同じクラスメイトの男子。直哉が運動部だったら、同じ事をするかを言われると、きっと出来ない。


 校門を出て通学路を歩く。いつもは授業終わりのラッシュがあるので、通学路も多くの生徒がいるのだが、この時間はそこまでの生徒はおらず、まばらだった。


 いつも一人で歩いている時、直哉はイヤホンをしている。けど、流石に今はしない。だからと言って美結と会話が生まれるかと言われると、ないので困ってしまう。せっかく、誘われたのだから何か話題を振った方が良いのか。


そう考えていると、「ねえ」と美結の方から話題を振ってくれた。


「佐伯くんは、普段はどんな本を読むの?」


 お手本のような図書委員の会話の振り方だった。美結からの質問を受けて直哉は、通学カバンから、赤いブックカバーで包まれた文庫本を取り出す。


「今、読んでる本はこれ」


「おっ、どれどれ」


 直哉から本を受け取り、美結が一ページ目を開く。その時、彼女は少しだけページを曲げて開いた。それはただの癖で悪気はない。でも、自分がそう開かないというだけで、微かな違和感を持ってしまう。


「あっ! 早河真江だ。この作者知ってる、私も何冊か読んだ事あるよ。でも、これは読んだ事ないなぁ。『私だけの時間』か、新刊?」


「昨日、出たやつ。朝、来る時に駅ナカの本屋で買ったんだ。文庫書き下ろしだから、単行本になっていないよ」


「おっ、買ったばかりだ。どう? 今のところ面白い?」


 本の感想を聞かれて、直哉はコクンと頷く。


「面白いよ。まだ、読み始めたばかりだけど、この先が楽しみ」


「読み終わった時にオススメなら、教えてよ。私も買うから」


 そう言って、美結は直哉に文庫本を返した。そして自身の通学カバンから、空色の布のブックカバーが付けられた本を差し出す。


「ちなみに今、私が読んでるのはこれ」


「あ、ありがとう」


 どうして図書委委員に入ろうと思ったのだろう。直哉の感じていた疑問が綺麗になくなった。彼女は本を読む側の人間だったのだ。


 彼女から本を受け取った直哉は、表紙を捲る。夏水彩乃の『夜空の底で』この作品は直哉も読んだ事があった。つい最近、受験の終わった春休みに。


「読んだよ、この作品。面白いよね、書かれている心理描写が繊細で、読んでる内にこっちの心も繊細になっていくような気がする」


「そうそう。特に夜。寝る前に読むと、本当に引き込まれそうになっちゃう。我慢出来ずに外でも読んじゃうけど、寝る前に読み返す事もあるし」


「言えてる、夜に読む方が集中出来る本かも」


 美結が自分の感想を聞いて、共感してくれている。教室の中では、中々に珍しい光景だった。


 その感情がポツリと直哉に感想を零させる。


「でも、意外だった。俺の勝手なイメージだったんだけど、新藤さん本読まなさそうに見えてた。だから、図書委員に入ったのが不思議だったんだ」


 直哉の呟きに美結はクスクスと笑った。


「酷いなぁ、そりゃ読むよ〜。本好きだから図書委員になったんだし」


「そうだよね。ゴメン、偏見だった」


「私さ、高校に入るまでに何度か転校してるんだよね。だから、一人でいる時間が多くなって、自然と本を読むようになったんだ。この学校は電車通学だから、車内で読んでるよ。ノイズキャンセリングのイヤホンで集中して読んでる」


「そうだったんだ」


「佐伯くんは転校した事ない?」


 美結が首を傾げてそう尋ねる。彼女の質問に直哉は首を振った。


「ないない。ずっと地元だよ。高校生になって初めて電車通学。いいなぁ。転校って色々な場所に行ける」


「それたまに言われるけど、良い事なんて全然ないよ」


「そう?」


 直哉の疑問に「そうそう」と美結は続けた。


「せっかく作った人間関係も強制リセットだし、新しい学校では転校前の話には入れないし。最初に失敗すると、ずっとさん付けになっちゃう。だから、ずっと地元の方が根があるみたいで羨ましい」


 小学生の時、直哉のクラスに転校生が来た事がある。確か、女子だった。東京から来たというだけで、クラスからは羨望の眼差しを浴びていたけど、考えてみたら彼女は卒業するまで、ずっとそれを浴び続けていた。そのせいで、中学は公立じゃなくて私立に行ったのかも知れない。


 直哉が黙っていると、美結が「今、過去に転校して来た子の事、考えたでしょ?」と図星を突かれた。


「凄い、よく分かったね」


「分かるよ。皆、同じ顔してるもん」


 直哉の指摘に少しだけ得意気に美結は答えた。


「佐伯くんは、いかにも本を読みそうな感じだよね」


「それは、眼鏡だから?」


「違うよ。なんて言うか、全身から本が好きそうなオーラが流れてる」


「オーラ?」


「うん、そんな感じ」


 オーラと言われても直哉にはいまいち、ピンと来ていない。


「オーラとかは分からないけど、本は結構読むよ。模試とかの現代文で出てきた長文の小説とか、気になったら帰りに本屋で買いに行くぐらいはする」


「あぁ〜、分かる分かる。私もするもん」


 何気なく話すと美結は凄い共感をした。どうやら本が好きな学生ならではのようだ。


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