失恋したら。

オリオン

失恋したら。

 帰ってきたと思ったら「ただいま」も言わずにソファに沈んでいる息子。朝、元気に「今日は告白する!」と意気込んでいたことを考えると、どうやら失恋したらしい。失恋かぁ…私も失恋して落ち込んでいたこと、あったなぁ。




 私には、高校生のとき、バイト先でお付き合いをしていた先輩がいた。私は先輩のことが大好きで、先輩もそうだと思っていた。でも、それは勘違いで。付き合って半年になる頃、私は「他に好きな子ができたから」とフラれてしまった。


「…ぐすっ」

先輩にフラれた私は、公園のベンチで1人泣いていた。泣きながら家に帰るなんて恥ずかしくてできなかった。そんなとき…。


「…大丈夫か?」

同じ高校の制服を着た男性に声をかけられた。


「…うん」

相手は1つ年上の幼馴染だった。小さく返事をした後、泣いているところを見られて恥ずかしいと思った私は、下を向いた。


「…大丈夫なわけないか」

幼馴染はそう言って、私の隣に座った。


「…」

下を向いて泣き続ける私とその隣に何も言わずに座り続ける幼馴染。涙を見られて恥ずかしかったけれど、隣に誰かがいてくれることで心が少し軽くなった。


「ちょっとコンビニ。なんかいる?」

ふと立ち上がって聞かれた言葉に私は首を横に振る。


「了解」

幼馴染はそう言って、公園から出て行った。




 私がフラれた日は少し肌寒い秋だった。1人ベンチに座っているのは寂しいもので、涙が止まっても、心まで寒いような気がした。


ぼーっと公園を眺めていたら、また幼馴染がやってきた。そのまま帰るのかと思っていたが、近くのコンビニに行って何かを買って戻ってきたらしい。


「落ち着いた?」

優しい声で聞かれ、私は小さく「うん」と答えた。


「赤いきつねと緑のたぬき。どっちがいい?」

両手に何か持って戻ってきたと思ったら、幼馴染は赤と緑のものを持っていた。


「ふふふ」


「…なんだよ」


「ふふふ…ありがとう!」

今食べられるようにコンビニでお湯を入れて、両手に赤いきつねと緑のたぬきを持ってここまで来てくれたんだろうと思うとそんな幼馴染が少し面白かった。そして、その気持ちがとても嬉しかった。


「…おぅ。どっちがいいんだよ」


「うーん。赤いきつねもらっていい?」


「おぅ」


「ふふふ…」


「なんだよ」


「私がいらないって言ってたらどうしてたの」


「あ…」


肌寒い秋の空の下で、心も体も寒さを感じていた。でも、幼馴染のあたたかい気持ちと赤いきつねのあたたかさが私の心と体をぽかぽかにしてくれた。




「ただいまー」


「あ、おかえりなさい!」

洗濯物を畳む手も止めて、昔のことを思い出していたら、夫が帰ってきていた。


「ごめんなさい、今から夕飯作るね」


「おぉ、急がなくていいよ。何かすることあるか?」


「ふふ、大丈夫よ」

私は小さな声で「それより…」と言いながら、息子を指さした。すると、夫はにこりと笑って、息子に声をかけた。


「正人、赤と緑どっちがいい」

その言葉に私もにこりとした。


「…なにが」

下の方を見て、寝転がる息子に夫は赤と緑を見せながら聞いた。


「赤いきつねと緑のたぬき、どっち食う?」


「…赤」

少し黙った後で息子は小さな声でそう言った。


「今日の夕飯は少し遅くてもいいだろう?」


「ふふふ、そうね」

変わらず、私たちをあたためてくれるのは、幼馴染だった夫と“赤と緑”の美味しいものでした。




心も体も寒い時は、誰かのあたたかい心とあたたかくて美味しいものが1番必要なの。




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失恋したら。 オリオン @orion-ringo

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