2017.11.30 俗言
昨日はすごく疲れてて、変なことを書いた気がする。
まあ、嫌なものも見たし、寒かったし、ね。消すのも面倒だから残しておくけど、我ながら痛いことを書いたもんだ。その場の空気とか雰囲気に呑まれやすいのは、昔からの悪い癖、なような。
ていうか逆に、なんでみんな平気で個体を保っていられるのか。こんな過疎の街で言うのも変な話だけど、人が多すぎる。学校の教室とか、一部屋に家族じゃない人間が4人以上いたら、俺にとってはすごく辛い。周りで喋っている声や、その放つ空気……顔には出さないけれど苦痛で仕方なかった。家が金持ちだからって、顔が良いからって、何でも言っていいと思っている奴の多さと言ったら。心底うんざりする。
今日はひどい天気だった。
昨日の穏やかな空が嘘のような、土砂降りの雨。あの鳥のイベントも中止か延期にでもなったんじゃないか。知る術はないけど。でも、どうか俺を褒めてほしい。そんな悪天候の中、きちんと仕事に行ってきたのだから。
今日の作業は音楽ホールの清掃だった。
あまり大きくはないが、そこそこの人数は入れる箱で、今は合唱サークルが練習に使ってるらしい。サークルと言ってもジジババばっかりの、セカンドライフ合唱団、みたいな感じ。高みを目指すんじゃなく、みんなで楽しく歌えればそれでいい、そんなとこだろう。その団体は練習室5(一番広い部屋)を使ってるから、そこ以外をとりあえず掃除して、終わり。とはいえ、まだ手をつけていない部屋があるので、明日も続きをしなくちゃならない。
しかしまあ、実際壁越しに聞こえてくるのは、歌声よりもお喋りばかりだよ。
どこそこの息子さんがどこに勤めてるだの、どこの娘が部活の全県大会で優勝しただの、どこの誰さんが救急車で運ばれただの……その手のやつ。やっぱり田舎といえばこうじゃなきゃね、なんて。もはや茶化すより他にない。
「ねえ、■■君っていたじゃない?」
「■■のとこのだっけ」
「そう。その子、結婚したらしいよ」
「え、そうなんだー。まあそうか。あの子本当に足早くて顔も良かったもんね。駅伝だっけ? 関東の大学行って走ってさ」
「あれは良かったよねえ。親戚みんなで応援しに行ったって大騒ぎで」
「だよねえ。誰と結婚したの?」
「後輩の子だって」
「やだー。何年付き合って?」
「それはわかんないけど、学生時代からじゃないの。普通に考えて」
まあこんな感じで。ほんとに気持ち悪い。あれも何らかの病気の一種なんじゃないか? 自分達自身のことで話すことないのかよ。いつも他人のことばかり(しかもまるでそれが自分の正当な仕事かのように)、堂々とくっちゃべりやがって。その調子だと、どうせ俺の家族の事件も消費したんだろ、と考えた矢先にその話が聞こえてきた時には、つい失笑して、モップをぎゅっと握り締めた。
「ねえ。そういえば菊芦さんの事件って、結局どうなったの?」
「知らない。あ、でも、あそこの息子さんってずーっと病気だったじゃない」
「あーあの二十歳そこそこの可愛い子ね。それが?」
「んー別に何ってわけじゃないけど、それが関係してるのかなって」
「え? 何が関係するのよ」
「わかんないけど。でも他のきょうだいはみんな健康体で、その子一人だけ病気なんて、ちょっと変な話じゃない?」
「まあそういうこともあるんじゃないの、確率の問題よ」
「確率ったって、遺伝だってあるのに? 頭痛持ちの家に頭痛持ちが生まれるならともかく」
「でも■■のとこの家なんか、姉が精神障害になったのに弟と妹はフツーに明るくて市役所に勤めてるよ」
「それはそうだけど……」
イヤホンかなにか持ってくればよかった、と俺は思った。なんだって人の体のことまで逐一把握していないと気が済まないのだ? 挙げ句の果てには進路や結婚のことまで……まるで神様気取りじゃないか。ギリシャ神話のアフロディーテやガニュメデスのように、こちらが惚れ惚れするほどの美しい肉体を持っているなら諦めもつくというものだが、壁の向こうで優雅にくっちゃべっているのはただ、テレビの健康アドバイザーの言うままに野菜を最初に食べてみたり、腹に数分力を入れてへこませてみたり、そんなことしかしない平たい顔の奴らであって。おまけにそんな些事でさえ、テレビが言うことを変えたらコロッとやらなくなるし。そう考えてみると、神様はテレビの方なのか。まあ、それも結局視聴者に媚びて作ってるんだから、同じことかな。
えーと。あとはこんな会話も聞いた。
……なんかこうして会話ばかり書き留めていると、俺も人のことを言えないというか、聞き耳ばかり立てているようで嫌になってくる。でも、練習室のドアは終始開けっぱなしで(理由は立て付けだと思うけど、正確なところはわからない)、勝手に声が聞こえてくるもんだから、紙の上にでも吐き出さないと、頭の中でループしておかしくなりそうで……。本当になんであんなに堂々と、自信たっぷりの大声でしょうもないことを延々喋れるのか。パッとしない人生を送っているせいで、「どうせ誰も聞いてない」と投げやりになってしまってるのか、それとも十分身の丈にあった良い人生を送れているのに、これじゃ全然足りないと、身の丈以上を証明すべく叫んでいるのか。本気でやめてほしい。こんな寂れた街でみみっちいクラブ活動になんか勤しんでる時点で、客観的に考えて、程度なんて知れてるじゃないか。別に最低の人間とまでは言わない。ただ、自己評価がさすがに釣り合ってないだろう。
「来月はクリスマスですね」
「早いなあ。もう11月も終わりか」
「本当にね。うちの孫たちなんて、今朝、サンタが本当にいるかどうかで大喧嘩して」
「微笑ましいことじゃないか」
「それが可愛い喧嘩じゃないんですよ。男の子兄弟だから、朝から家の中でもう泣いて暴れて……上の子は『いないもんはいないんだから』って譲らないし、下の子は下の子で絶対いるって聞かなくて」
「ああ、なるほど。それは朝から大変だね」
「どうも。でも、そうやってずっと聞いてると、不思議とどっちが正しいかわからなくなってきません? サンタって、実際いないんですよね?」
「え、そりゃいるわけないじゃないか! もしいたら警察は大忙しだよ」
「でも警察の目を誤魔化せるとしたら?」
「おいおいやめてくれよ。現実にないものについて語ったって、何にもならない。そうだろ? 何にしても、存在してないんだからさ。答えを確かめようがない。そもそも答えが存在しないことについて、言い争って喧嘩するなんて、完全に無駄だろう?」
「確かに。それもそうですね」
賢しげなおじさんと、天然っぽいおばさんの会話。
他にも数えきれないほど下らない言葉を脳に押し込められたけど、今日は疲れたから、これを書いて終わりにするよ。まあ要するに、こんな風に、意味のない会話ばっかりの一日だったってことで。きっと明日もこうだろうと思うと、日記を書くのも憂鬱になりそうだ。
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