第7話豊年祭の夜

 シズが森守神社の本殿でお告げを受けてから、豊年祭まではだいぶ間があった。

病気の父や村人たちを早く助けたいと焦りつつも、時間を早めるわけにもいかない。


 シズは、毎日神社に拝礼に行き、父の看病をし、母の代わりに家事をして、五歳の幼い子供としては精一杯の働きをしていた。



そして、ようやく迎えた豊年祭の日。

病人が多く、長雨が続いたため、今年の収穫は思わしくなかった。


豊年を祝って良いものか悩む者もいたが、宮司が、豊年を祝うというよりも、収穫できたことと、村への加護を感謝する祭りにすればよいと提言し、開かれることになった。



豊年祭の夜。拝殿前に焚かれたかがり火のかたわらで、村人たちはささやかな宴を囲んでいた。

こんな時なので酔っ払って騒ぐ者はいなかったが、興が乗って歌う者、手拍子ではやし立てる者、それぞれに祭りを楽しんでいた。


そんな中、シズはこっそりと抜け出して、一人で加見かみノ森に入った。


手には神社の拝殿前に置いてあった手桶を抱えていた。懐には一本の筆。これから村を助けるために大切な役割をしてくれる道具だ。


神社の横手から裏へ回り、静かに鳥居をくぐってから、しめ縄のかかった二本の大木の前で拝礼した。


 ここから先が聖なる領域、しめ縄は俗世界との境界をしめしている。


 シズがしめ縄の先へ足を踏み出すと、ザワと背筋がしびれたような感覚がした。

あたりは真っ暗闇で、静まりかえっている。祭りのざわめきはもちろん、木の葉の擦れる微かな音さえなかった。


 カサと落ち葉を踏む音が響いて、シズは体を固くして足を止めた。自分が踏んだ小さな音が、森全体に響くような気がしたのだ。

その音にひかれて、闇の中から何かが出て来そうで恐ろしかった。


まわりは、見上げても先端が見えないほど、高くて太い木ばかり、歩いている細道の両側にはシズの腰丈ほどの草が生えていた。


ガサッと草を分ける音がして、足下に白いものが飛び出してきた。

森の雰囲気に飲まれビクビクしていた、シズの心がはじけた。無意識に後に飛び退いて、白いものから逃れようとした。


ウサギだ。


 足下にうずくまっている白いふわふわが顔を上げると、木立の間から漏れてくる月の光に反射して、まん丸い瞳がキラキラ輝いた。


ウサギはピョンピョン飛んで数歩先へ進むと、振り向いてシズを見上げた。シズが追いつくと、さらに数歩先へ。


「案内してくれるのかな」


シズが追いつくとウサギが離れる、それをまたシズが追いかける。いつしか暗闇が恐かったことも忘れて、森の中心部へ進んでいた。

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