第3話木の伐採

 風がざわめいていた。

いつも聞こえている鳥の声が聞こえなくなり、シズはあたりの草木が殺気立っているように感じられた。


商人の伊蔵が、木こりや木を運搬する者たち十数人を連れて戻ってきてから、村の空気が変わったと、シズは思う。井戸の水が微かに濁っているようにも見える。


しかし、誰も何も言わない。気がついていないのだ。

大人に伝えなければならないだろうか、でも、誰に言えばいい。


変な子だと思われているシズの言うことは、誰も本気で聞いてくれたことがなかった。


 シズがあれこれ考えている間にも、加見かみノ森に入り込んだ木こりたちが、容赦なく木を切り倒していた。


 加見ノ森は、森ができてからこれまで、一度たりとも人間の手が入っていない貴重な原始林だった。途方もなく長い間生きてきた木には、神の威光である神威しんいが宿り、神聖な力に満ちていた。


ところが今回のことで、その貴重な自然が失われてしまった。永遠に。

穏やかで平和な村は、シズも村人たちも知らないところで少しずつ変わっていった。



 商人たち一行が五十本の木を切り終わって都へ戻ってからしばらくして、村の灌漑用水路の工事がはじまった。


川から引き込んだ水路は、村をぐるりと囲むように巡らせて、農地に水を運ぶ予定だった。


 工事は秋の収穫が終わってからの農閑期に行われ、三~四年はかかる予定であった。日当も支払われるため、村人はみな喜んで参加した。


しかし、次々と思わぬことが起こって困難が続いた。

穴を掘れば大きい岩が行く手を塞ぎ、地盤が固くて掘りすすめられない事もあった。


また、地盤が軟らかすぎたため、周辺の土地を巻き込んで陥没して、せっかく掘った穴が崩れてしまった。


大雨が降り、時には日照りが続き、冬になれば、この地ではめったに降らない雪が積もって村人を悩ませた。


シズは、毎日のように、工事にかり出されている父の愚痴を聞いていた。工事は遅遅として進まず、みんな疲れ果てていた。



 そんなある冬の夕暮れ、シズが見上げた空に真っ赤に、染まった夕焼けが広がっていた。


シズが以前見たように、加見ノ森の上空に、黒い裂け目が大きな口のように開いていて、尖った鋭い刃が裂け目の内側に並んでいた。


その大きな口が、見ている前でゆっくり閉じた。


ふわふわ漂ってきた黒い靄が集まって大きくなっていく。大きくなった固まりはやがてこれ以上膨らめなくなったのか、パチンとはじけて粉々になり、黒い粒のまま四方に散っていった。


 シズは、これは悪いものだと感じた。このままでは、村が大変なことになるのではないかと恐ろしくなった。


シズには何かが起こっているのが見えているのに、他の誰も気づかない。もどかしかった。


信じてもらえないかもしれないが、森守神社の宮司さんにに話してみようかと考えた。

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