終わった世界の再起動について
やっと到着した治安部隊のパワードアーマーと無人歩行機が、瓦礫を取り除きながらゆっくりと動いているのが、遠くに見えた。
コリンはそこからとぼとぼと歩いて、『砂丘の底』へ帰った。
そしてヴォルトのベッドに潜って、意識を失った。ニアが顔を舐めるざらざらとした舌の感触だけが、最後に残された現実だった。
目が覚めると、制御パネルの映像は夜になっていた。
コリンが目覚めたのを感じてか、制御パネルの一部が青く変化する。
「観測によると、只今百を超える治安部隊の車両が町を取り囲んで、救助に当たっています」
アイオスの声がした。
「町はどうなったの?」
「わかりません。厳重な報道管制が敷かれているようです」
「これは、報道されていないのか?」
確かに、情報端末にも新しい映像は流れていなかった。
「どうしてこんなことになったんだろう?」
「わかりません。もうひとつ悪い知らせがあります」
「これ以上悪いことがあるの?」
「現在西から小規模な砂嵐が接近しています。二時間半から三時間後には、この場所は嵐の圏内に入ります」
「救助活動は中断か……」
「そうなるでしょう」
「…………」
「コリン様には、嵐に紛れてこの地点から離脱することをお勧めします」
「アイオス、君はサンドワームなのか?」
「いいえ。先ほどチャージされたコリン様のマナにより、地表活動用のサンドワーム形態へ遷移しました」
「嵐の中でも動けるの?」
「地上の移動しかできませんが、問題ありません」
「じゃあ、どこか誰もいない砂漠の中へ移動してくれないか?」
「承知しました。視界が五メートルを切ったら浮上して、嵐の進行方向と共に東へ移動します」
「うん、お願い」
そこまでが限界で、コリンは再びベッドに戻り毛布を被った。
それからコリンは何日もそうやって放心状態のまま、ベッドへ潜り込んでいた。
眠りは浅く、少し眠ると町の崩壊したあの光景を夢に見て、飛び起きた。
夢の中では恐怖におののき、叫んで逃げようとするのだが、目が覚めると話すことも動くこともできずにベッドへ埋もれているだけだった。
コリンの肉体は長年飲み続けた光る酒のマナが満ちているせいなのか、何日も飲まず食わずでも、何とか平気だった。
でも、心は違う。ニアがいなければ、コリンはそのまま心を凍らせて、いつかは動けなくなっていただろう。
何もかも失ったと思っていたのはコリンだけで、ニアは唯一残った家族を失わないために、必死にコリンの世話をしていた。
でも、たった一匹の猫にできることには限りがある。
コリンと同じ十四歳のニアは、二人が生まれて一年とたたぬうちからこの店で共に暮らしている。
猫の十四歳は、人間なら七十歳を超える老齢だという。しかしニアは毛艶もよく、まだまだ若々しさを保っていた。
コリンと共に小さいころからマナを含んだ酒をなめ続けてきたことにより、ニアも魔力に目覚めたのだろう。
コリンが厨房で働くようになって、ニアは店の看板猫として毎夜客席を渡り歩いていた。コリンが小さいころからニアは人語を解するようになっていて、密かに様々な知識を吸収していた。
そしてこの時、ニアは考えた。
食事もとらずに動かないコリンが心配で心配で、自分が人間だったら何とかできるのに、と。
それは、同じことを十年以上も毎日ずっと思い続けてきた、ニアの心の底からの叫びだった。
その積み重なった思いが最高潮に達した時、ついに蓄積されたニアの魔力が弾けて、ニアはその強い思いの通りに、人間の姿になっていた。
その瞬間を、コリンは直接見てはいない。
本人が後にそう語っていたのを聞いただけだ。
父と兄と、大切な友人を亡くし一人きりになった大切な少年を慰めるためだけに、大きなマナを持った雌猫は、ただひたすらに人になりたいと願ったのだった。
コリンを想うその一途な心と彼女の身に宿った膨大なマナが魔法を発動させて、願いは叶い、十四歳の老猫は齢十四歳の人間の少女となり、コリンの前に現れた。
その時ニアは、七十歳の老婆にならなくてよかった、と心の底から思ったという。コリンもそれには同感だった。
虚ろなコリンの前に突然現れた少女はニアと名乗り、目の前で全身にマナの光を
(確かに、そんなことができるのは、自分の他にはニアしかいない)
コリンは目の前で起きた奇跡に目を見張り、その言葉に心動かされた。
正直に言うとそれは、砂に埋もれていた古い宇宙船がサンドワームになって動き出すよりは、まだ少しは現実的な出来事のような気がしたのだった。
コリンはニアが用意する水を飲み、言われるままに食事をして、少しずつ生きる力を取り戻した。
目覚める前に、コリンは長い長い夢を見ていた。
それは喜怒哀楽全ての感情が色を持って空を埋め尽くし、形を変えながら混ざり合っている光景だった。
その色彩だけは、目が覚めてもくっきりと記憶に残っている。
何日か前に砂嵐の舞う中を、ワームは静かに動いて、砂の海の中へ姿を消した。
今は周囲百キロ以上先まで見渡しても、人工物は何もない砂漠のただ中にいる。
こうしてワームの背に乗り移動していても、食糧には全く困らない。これが、ヴォルトの本来の利用法なのかもしれない。
水も食べ物も酒も売るほどあるのだし、地上最強の生物に守られているので安全この上ない。
コリンは、もう一生このままでいいとさえ思った。
でも少女は、何とかしてコリンに普通の暮らしを取り戻してあげたいと願っていた。
人の言葉を話すようになったニアは、それまでの
そして、コリンの作る料理を、大喜びで食べた。
猫の姿では食べられなかった食材や料理がおいしく食べられるようになり、毎日暇さえあればコリンに向かって言う。
「ねえコリン、お腹すいた」
「ねえコリン、何か作って」
やれやれと思いながらもコリンは毎日様々な料理を作り、ニアと二人で食べた。
「ねえコリン、バギーを造ってよ」
「ねえコリン、サンドボードを教えて」
「ねえコリン、町に行きたい」
「ねえコリン、お店をやろうよ」
「ねえコリン……」
そうしてニアに救われた少年は、ニアと二人で町へと出かけた。
エギムから遠く離れた初めての町を訪ねて回り、名物の料理を食べたり、劇場で流行のミュージカルを見たり、深い精霊の森を散策した。
一番楽しかったのは、初めてのプールで泳ぎを教わり、人工の波の上で本物のサーフィンを体験したことだった。
彼らは生まれ変わったように、行く先々で様々な新しい体験を重ねた。
こんな贅沢のおかげで三百年貯めこんだペリー家の貴重な資産が少々減ったが、まだまだ蓄えは十分にある。
それに、ニアと二人で始めた店も客の入りは上々で、なかなかの稼ぎになった。
次の目的は、エギムの町を壊滅させた盗賊団、天の枷についての情報収集と、町の生き残りを探すことだった。
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