世界の終わりの終わり
父親に言われた通り、コリンはニアと共に店の地下へ降りた。
ヴォルトに入ってすぐの前室に椅子を置いて、手に持った通信端末を見る。ネットの放送局が盗賊に襲われている町の状況を映像で伝えていた。
町はあちこちで黒い煙が上がり、被害の大きさがわかる。
だが、襲撃した盗賊団の目的が何なのか、それがわからない。
コリンは次第に途切れがちになる映像を見ながら、震える拳を握りしめている。
店は元々宇宙船の船橋だったので、各階の壁には船の航行に関わる立派な制御パネルが何か所かに設置されている。今では照明や空調を操作するためにしか使われていないのだが。
町によくある標準規格品よりも巨大なその制御パネルは、当然宇宙船時代からあるものらしい。
数少ない使える機能の一つが、店の外部の映像をパネルに映し出すことだった。
コリンは店がまた襲われるのではないかという恐怖を感じながら、壁のパネルを操作して外部の映像をモニターしていた。
店の屋上からの映像は、手に持った通信端末が伝えるのと同じように壁の向こうから幾筋か立ち上る黒い煙を映していた。
丘の上に立つ店の屋上から見下ろす映像は遠くてよくわからないし、音声も聞こえない。
画面をズームできる機能はないかと、それらしきコマンドを試していると、突然制御パネルの表示が真っ白に輝いた。
続いて、何か高速で走る文字のメッセージが流れて、白かったパネルが青く変わると、YES/NOのアイコンを表示して停止した。
これで映像のズームができるのかと、コリンはためらわずにYESの文字に触れる。
次の瞬間、ヴォルトが震えた。
コリンの知る限り、今までこの砂に埋もれた不安定そうな建物が本当に揺れたことなど、一度もなかった。
続いて、青く輝く制御パネルから音声が発せられる。
「パネルに手を触れてください。マナの充填を始めます」
深い意味を考えずに、コリンは音声の指示に従い右手を制御パネルに表示された掌のアイコンへと当てる。
「良好です。チャージを開始しました。ただいま二十五%完了……三十%、四十五、六十、八十五、九十……チャージが完了しました。起動シークエンスを開始します」
もう一度部屋が震えると、屋上からの映像も揺れて、砂埃にかき消されて消えた。
舞い上がった砂塵が薄れて再び映像が現れると、撮影位置が高くなったように感じられた。
映像は自動的に四分割されていた。
どうやら、店の前後左右の映像ということらしい。左の映像が、町を映している。以前より高い位置からの映像に切替わっていたが、ズームアップはされていない。
前後の映像の下半分は、巨大な白い丸く長いものが映り込んでいた。
「何だか、サンドワームみたいに見えるけど?」
「はい。予定通りにワーム形態への移行を完了しました。私はアイオス。コリン様の音声指示に従い、移動を開始します」
よくわからないが、音声操作でズームができるらしいとコリンは理解した。
「じゃあもう少し町へ寄ってくれないか。町の中がはっきり見えるように」
「承知しました。移動を開始します」
画面に映る灰白色の姿がうねるように動くのに合わせて、画面が移動する。
映像のズームではなく、『砂丘の底』自体が砂の上を移動して、町に接近しているのだった。
「……どういうこと?」
つまり、コリンのいる「砂丘の底」は、ワームの背中に乗ったまま移動している。しかも、画面が揺れることなくスムーズに動いて、壁の近くで止まった。
画面の中央に黒い煙が流れていて、町の中は不鮮明だ。
「アイオス、もう少し壁沿いに動いてくれないか?」
前後の映像には相変わらず、サンドワームのボディが下に映っていて、左には燃える町の中が見えた。
間違いなく、店はサンドワームと共に動いていた。
コリンにとっては、自分の身に何が起こっているのかを考えるよりも、町の中で何が起きているかを知ることの方が、遥かに重要だった。
「このまま町を周回しますか?」
「うん、近付き過ぎて防壁を壊さないように頼むよ」
「承知しました。防壁の五十メートル外側を周回します」
映像が、町の中を鮮明に映し出した。炎が続けて上がる。激しい戦闘が続いているようだ。
防壁上の盗賊団が驚いて、こちらへ銃撃を始めるのが見えた。しかしサンドワームの脚は早く、壁の上の男たちを軽く後方へ振り切って進む。
コリンは意を決してヴォルトの外へ出て、階段を駆け上がる。ニアが、また肩に登った。
そして、一階の窓から見える光景に息を呑んだ。
(本当に、僕らの店が、ワームの背中から生えている……)
ワームの巨体がうねうねと気味悪くうねるのに合わせて、前へ前へと移動しているのだった。
「しかも、全然揺れていない……」
悪夢のような光景に、コリンは改めて言葉を失う。
町のすぐ近くを動くワームの姿は想像以上に盗賊団を慌てさせたようだ。盗賊たちは壁の上から再び小型の炸裂弾頭を撃ち込んで来た。
サンドワームはそんなもので傷を負わないだろうが、砂丘の底の建物は、そうはいかない。
コリンは身の危険を感じて地下へ避難しようとして、それを見た。
突然、町の防壁を包んでいた幽かな輝きが、全て消えた。壁の結界も消えてしまった。
町の精霊魔術師が、最後まで守るのが防壁の結界だ。
これは、町の精霊魔術師たちの身に何かが起きたことを意味するのだろうか。
(シュルムさんと、その弟子たちは大丈夫だろうか……)
同時に、町の門から数多くのクロウラーやバギーが飛び出て、逃走を始める。全てが迷彩服に身を包んで武装している盗賊団だ。断じて町の人間ではない。
「アイオス、あのバギーを逃がしちゃだめだ!」
思わず叫んだ声に反応して、ワームが転進した。
一階の操作パネルも、見たことのないブルーの光に輝いていた。
ワームが逃げ回る小型の車両を追い始める。
続いて、町の中でひときわ大きな爆発音がした。
町の中心部の地下で起きた爆発が外壁の一部まで吹き飛ばし、更に数回大きな爆発が続いた。
散開して逃げる盗賊団を追うことは諦めて、コリンはワームを町に戻して、再び壁の外を周回する。
少しでも内部の状況を見たいのだが、これ以上近寄れば、残った防壁も崩してしまうだろう。
しかし、防壁の損傷は思った以上に激しい。このままでは、町は人が住めなくなってしまう。
コリンは砂の中へワームを隠し、店から飛び出して走った。ニアはそのまま肩に乗っている。
崩れた外壁の間からコリンが見たのは、中央が大きく陥没して崩壊した精霊の森と、その周囲の崩れ落ちた街並み、そして町中の至る所からから立ち上る黒い煙だった。
外壁の中は巨大なすり鉢状の穴で、人の何倍もの大きさのがれきが折り重なり沈んでいる。そこには、生身の人間が足を踏み入れる余地がない、巨大な落とし穴だった。
地上に見える範囲では、生きている人の姿は全くなく、動くのは炎と煙だけだ。
(これでは町を支えて来たプラントや人々の住んでいた地下街も全滅だろう)
そう思わざるを得ない、壮絶な光景だった。
地上へ退避しようとする人の姿も全くなく、助けを呼ぶ声さえ聞こえない。
町は、恐怖を感じるような静けさに満ちている。想像を絶する、無残で絶望的な姿だった。
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