商売繁盛はいいけれど
コリンたちがロワーズへやって来る一旬(十日)ほど前のこと。
遥か東の無人地帯を抜けた遠方の町で、『カラバ侯爵の城』は営業していた。
午後から嫌な南風が吹き始めて、おかげで連日の賑わいが嘘のように客の少ない夜だった。
「風がまた強くなってきたな」
グラスの底に残ったスコッチをちびちびと舐めていた客の一人が、窓の外を見て憂鬱そうに呟いた。
「そうだな。荒れる前に今夜はそろそろ引き上げるか」
数人で一つの卓を囲んでいる客たちは、窓の外を気にして落ち着かない様子だった。
「えー、お客さん少ないから何か注文してよ」
あまりに暇なので、ニアは自分のボトルを持って来て、客と一緒に飲み始めている。ヴォルトで調達した、例の光る酒であった。
大きめのグラスに満たしたスコッチウイスキーを一息に煽って、すぐにまた空のグラスを満たす。既に、二本のボトルが空いていた。
「ニアちゃん、大丈夫か?」
「うん、平気平気」
その飲みっぷりの良さに客は驚き圧倒されて、おかしな興奮状態に陥っていた。
「それ、本当に酒なんだろうな?」
「うん、飲んでみる?」
ニアが差し出す呑みかけのグラスを、男が口元へ運ぶ。
「うわっ、こりゃ本物だ」
「どれ、俺も。うん、こりゃ本物のスコッチだ。上等な味とは言えないがな」
「わたしには、これがいいの。お客さんに出さないスペシャルボトルだからね」
「しかしすげえな、これをもう二本飲んでるのか?」
「信じられん」
「ニアちゃんすげぇ……」
「そんな呑み方したら体壊すぞ」
「大丈夫だって、これくらい何でもないよ~」
ニアを中心におかしな盛り上がりを見せているが、一向に追加オーダーは入らない。
(この客たちが帰ったら、もう今夜は店を閉めよう)
コリンもそう考えていた。
このまま風が強くなると、店に残っているお客さんが町へ帰れなくなる。
そんな時に一人離れた席で静かに飲んでいた男のもとへ、今ごろになって待ち合わせの客が数台のクロウラーで次々とやって来て、合流した。
その男たちは店の隅に集まり、こそこそと小さな声で話している。ニアが給仕に近寄ると更に声を潜め、用が終わったら早く去るようにと手を振って追い払われた。
その会話の一部をニアの聞き耳が捉えて、興奮する。
聞こえた単語は、確かに「エギム」と言っていた。
ニアは用心のためすぐに厨房へ行き、コリンに小声で伝えた。
「あの男たちにはぜったい顔を見せたらだめ。『砂丘の底』にいたコリンを覚えているかもしれない。危険だよ」
「わかった。ニアも気を付けてよ」
「うん。わたしは猫になって少し近寄ってみるね」
男たちは用心深く他の客から離れて小声で話しているのだが、ニアの耳へ断片的に届く内容が物騒だ。どこかの非合法集団が、新たな仕事の指示を受けているようだった。
ニアは猫の姿で男たちのテーブルへ近寄っていて、床にうずくまって寝たふりをしている。
会話の中では、エギムとは別の町の名前が何度か聞こえた。そこが、次に狙われているターゲットかもしれない。
用心深い男たちはそれ以上のことを漏らすことはなく、一時間ほどで砂漠の夜の闇に消えて行った。
コリンは翌朝すぐにその町、セブンスグレイスへ移動しようとしたが、運悪くそれから二晩続けて、店は貸し切りパーティーの予約を受けていた。
確かに、自分たちがそこへ行ったところで、何もできることはない。
まず先に、匿名で治安部隊へ情報提供をしておいた。これで盗賊団が捕えられれば、何も文句はない。
今回のターゲットと目される町はそこから遠く、転移ゲートを利用しなければ移動に何日もかかる。
それから数日後、そのセブンスグレイスの町が盗賊に襲撃されたとのニュースが報道された。
そこはコリンが住んでいたエギムよりも大きな街で、盗賊団は待ち構えていた町の治安部隊に追われて、近くの小さな町へ逃げ込んだ。
想像よりも早く町の襲撃があったが、コリンの通報により準備していた治安部隊が防いだようだった。
コリンは、盗賊の一部が逃げ込んだとみられる小さな町へ急いだが、それも間に合わなかった。
彼らが町へ辿り着いた時には、既に何日か前に盗賊は全て逃亡した後であった。
その小さな町の名は、ロワーズ。
盗賊団の行方は知れず、予定通りにその町の門前で、放浪酒場『カラバ侯爵の城』は営業を始めた。
ロワーズヘ着いて何日か後、コリンは困ったことになっていた。
この町で営業を始めて以来、店の人気が良すぎて、初日から客足が落ちない。
密かに天の枷を追う立場としては、これ以上目立ちたくはない。
この店がエギムにあった『砂丘の底』であったことも、隠している。
そのために、店の名前も外観も、大幅に変えたのだ。
それでも、ロワーズの門衛のように、コリンの顔を覚えていて気付く者もいる。
最近になって、天の枷が誰かを探しているという噂話を聞くようになった。
一説によると、それはエギムの生き残りであるらしいという。
そんな話を聞けば聞くほど、客がひっきりなしに押し掛けるような派手な店にはしたくない。
ところが最近急に店の評判が上がり、連日大入り満員である。
とにかく毎日客が多い。多すぎる。
このままではいずれ遠からぬうちに、盗賊団に目を付けられかねない。
なるべく同じ町には長く留まらず、一年間ひっそりと、あちらこちらの町を転々と移動して来たのだが、ここへ来て人気に火がついてしまったらしい。
「コリン、毎日忙しすぎるよ~」
ニアは明け方に店を閉めながら、珍しく疲れた声を出す。
「今夜は予約もないから、臨時休業にしようか」
「わーい、ゆっくり寝るぞ!」
「ニアは毎日ゆっくり寝てるだろ」
「じゃあ、町へ遊びに行こうよ」
確かに、このままではこの町も早く去らねばならないだろう。
「そうだね。最後にもう一度買い物もしたいし」
そう考えたコリンたちは、本当にゆっくり寝た後で、午後から町へ出かけた。
今度も地下のショッピングモールを歩いて、コリンの服や新しいサンドボードを見た。田舎の町なので品揃えも良くないのだが、暫く身を隠したほうがいいような気がしているので、思い切っていろいろなものを買った。
購入した商品は、後でまとめて無人クロウラーが店に配達してくれる。
それから昼食を食べ、甘いものを食べ歩き、最後は先日も寄ったジャンク屋へ足を運んだ。
「お買い得セールはまだやってる?」
ニアが先に店主へ声をかけた。
「おお、嬢ちゃんたちか。まだまだ絶賛開催中だぞ」
「何か出物はある?」
「ああ、今日はそこのレギュレーターと、高感度の量子レーダーアンテナが入ってるぞ」
「うわ、このアンテナは凄いな。でも高そう……」
そう言ってコリンは三十センチほどのドーム状のアンテナを手に持った。すると、ニアの顔つきが厳しくなる。
「ちょっと待って」
ニアはコリンが手にしたアンテナに顔を近づける。
「間違いないよ、これ」
ニアの目が細くなった。魔法で猫の能力を最大限に開放している時の表情だ。
コリンはニアの様子に気付いて、遠話を送る。
これは今のところコリンからニアへの一方通行の発信しかできない。しかし、一度二人のネットワークが開通すれば、双方向でのやり取りが可能になる。
「(ニア、どうした?)」
「(このパーツからは、ジュリオの匂いがする)」
「(なんだって?)」
「(本当だよ)」
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