砂漠の惑星(下)
コリンとニアは除塵室で念入りに砂を落としてから無事に町へ入り、何か珍しい物はないかとウインドウショッピングを始めた。
ニアは膝上まである砂漠用のロングブーツはそのままで、光沢のある白いノースリーブのワンピースに着替えている。
町の中に入ると、結界が砂塵と日射をある程度は防いでくれて快適だ。それでも一番暑い時間帯なので、外を歩いている物好きは少ない。
二人は地表を避けて、涼しい地下街のモールへ降りた。
ショーウインドウを飾るおしゃれなアクセサリーをじっと見つめていたニアが、握り締めていた手をそっと開く。
そこには、今見ているペンダントとそっくり同じ物が乗っている。
唯一違うのは、そのペンダントの裏側に少女の名前「ニア」の刻印が刻まれていることだけだ。
彼女は記憶した服やアクセサリーなど身に着けるものを、自身の魔法で作り出すことが可能だった。
「ニア。別にいいけどさ、絶対人前でやっちゃダメだよ!」
「わかってるって!」
恐らくこの星で、こんな魔法を使えるのは、ニア一人しかいないだろう。
続いてコリンは、故障しているサンドバギーの補修部品を、町外れのジャンク屋で探すことにした。
「おじさん、こっちのコンバータはいくら?」
コリンは埃っぽい部品を手に取り、奥に腰かけている店主へ見せる。
「ああ、その棚にあるのは全部二百コルだ」
「ずいぶん安いね。まさか盗品じゃないよね。嫌だよ、面倒なことになるのは」
「それは大丈夫だ。お前さん、この町の者じゃねぇな。実は先月町に戻ってきたキャラバンが古い部品を大量に放出したところでよ。今はお買い得セール中ってわけさ」
砂漠の長距離移動を生業とする隊商は、拠点に戻ると乗り物の集中整備を行い、消耗品類を一気に新品へと交換する。
特に長い旅から戻った後には、より多くの部品が消費される。旅の途中に砂漠の中で故障するリスクを嫌い、例えまだ寿命の残っているパーツでも、気前よく交換してしまうからだ。
コリンは部品を手に取りじっくりと見る。
「今回はちょっとトラブルがあって放出が遅れたが、その分安く仕入れることができたんでな」
「ねえ、もしかしてそのトラブルって、ここへ盗賊団が来たこと?」
コリンに代わり、ニアが本当に聞きたいことを切り出す。
「ああ、よく知ってるな。でもすぐに転移ゲートでどこかへ逃げて行っちまった」
「まさか、この町の精霊魔術師が盗賊に手を貸したの?」
「違うよ。奴らの一味に凄腕の魔術師がいるらしい。町の魔術師を監禁して、自分たちはさっさと姿をくらましたってわけだ」
「おかげで、この町は大した被害もなかった。元々、何もない寂れた町だからな」
「じゃぁ、盗賊団の手掛かりも何もなしってこと?……」
「二、三日前までは治安部隊が聞き込みをしてたが、結局手ぶらで帰ったらしいぞ」
「ふうん。この町にはエギムの生き残りの人はいないの?」
それとなく、ニアは聞いてみた。
あちこちの町を荒らして回る盗賊団の噂。
一年前に、その盗賊団に襲われて滅びた町とその生き残りの行方に関する情報。
二人は酒場の営業を続けながら、行く先々でそんな噂話を探している。
この小さな町も、近くの町を襲った盗賊団の一部が追われて逃げ込んだと聞いて、やって来たのだった。
「エギムの生き残りは聞いたことがねえなぁ。盗賊団が誰かを探してるらしいから、どこかに隠れているんだろうよ。ああ、そいつは百五十にまけてやるぞ!」
コリンの顔がぱっと輝く。
「ありがとう、買うよ。あと、低圧用のノイズフィルターのいい奴はない?」
「おお、ちょっと待ってな、昨日入ったゴミの中にすげえのが紛れてたんだ」
店主が奥へ行き、小さなパーツを大事そうに持って来る。
「ほれ、これを見て見ろ」
「わお、これ耐モス二種じゃないか。なんでこんなお宝が。でも高いんでしょ?」
「かわいい連れの嬢ちゃんに免じて、まけてやるよ。そのコンバータと合わせて五百でいいぞ」
「よし買った!」
好きな機械の話になったので、コリンも興奮して話し始めた。
コリンは店主の元に行き端末を使って決済すると、「また来るね」と言って機嫌よく踵を返した。
この町に来る前、二人でサンドボードを滑っていた時に砂丘から転げ落ちて以来、一台しかないサンドバギーの調子が悪い。
サンドボードは海のないこの惑星では最も人気のある遊びで、砂丘の上からサーフボードに似た板で滑り降りるのだ。
町の中にコースを作り、大会も行われている。
だが、何もない砂漠で遊ぶには、高性能のバギーが必需品だった。
「ニアが慣れない風魔法で、バギーを砂丘の下まで吹き飛ばしたせいなんだからね!」
「いやぁ、いけると思ったんだけどなぁ……」
彼らの使う、自動運転のない原始的なバギーは、砂丘の上までバギーを運転して二人を運び、交代で一人ずつ滑り降りることになっている。
ところがニアは、コリンと一緒に滑り降りてしまい、無理やり砂丘の上に残ったバギーを魔法で降ろそうとして、大失敗したのだった。
コリンは、何とか自動運転ができるように、バギーを改造しようとしている。
ジャンク屋で部品を仕入れた後は、珍しい食べ物やスイーツを探して飲食店を回った。
料理が得意なコリンは、美味しいものを食べればすぐに自分で作ってみたくなる。初めて見るスイーツを食べながら、どうやって作るのかとあれこれ考えて、笑いながらニアと話し込んでいる時間は、至福のひと時である。
地下のモールから地上へ上がると、もう日が傾きかけていた。
「今日はこの辺で帰って、開店時間まで一休みしようよ」
コリンが言うと、ニアもやや疲れた顔になる。
「そうだね~。早く帰ってエールを飲もう~」
二人は、急いで店に戻った。
居住区画として使っている三階でコリンはシャワーを浴びて、開店時間まではしばしの休憩となる。
砂を落としてさっぱりした後には、二人でエールを飲む。
それも、体に似合わない巨大なジョッキでぐいぐいと飲み干す。
エールの後は、ラム酒をロックで煽る。あっという間にボトルが一本空いてしまう。
二人はソファに並んで腰を下ろして、キャビアや生ハムをつまみながら、二本目のラム酒のボトルを開ける。
二つに割ったメロンの種子を取り除き、熟れた実をスプーンですくって頬張る。
「うーん、よく冷えてる」
ニアは幸福そうな笑顔を浮かべてもう一口食べてから、その穴へブランデーをどぼどぼと注いで、スプーンで崩した果肉と一緒に口へ運ぶ。
酔ってやや耳を赤くしたニアは次第にコリンに近寄り、抱き着いて頬を摺り寄せ密着して甘えている。
コリンは顔を赤くして困惑しながらも、されるがままになっていた。
しかし、調子に乗ったニアがコリンの顔をぺろぺろ舐め始めたので、肩を掴んで無理やり引きはがす。
「じゃあこれならいいでしょ」
そう言うと、ニアは一瞬にして白茶色の猫に姿を変えた。
猫はコリンの肩に飛び乗ると顔を摺り寄せて、コリンの首筋から頬、頬から口へとぺろぺろ舐め始める。
コリンはくすぐったいと首をすくめるが、今度は拒むことができず我慢している。
やがて、コリンの膝の上でニアは猫の姿のまま眠ってしまう。元々夜行性のニアには、この辺で一休みが必要だった。
「ニアは頑張って昼間歩いたからね……」
コリンはニアをソファに残して、そっと立ち上がる。
夜の営業のために、そろそろ料理の仕込みを始めなければならなかった。
こんな暮らしを始めて、もう一年の月日が流れた。
三階のバックヤードには貨物用のエレベーターがあって、地下まで結んでいる。
地下二階には食糧倉庫があって、見渡す限りありとあらゆる食材が並び、目移りがする。
コリンはゆっくりと広い食糧倉庫の中を歩く。
「さて、今夜のスペシャルは何にするかな……」
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