第5話 第七魔術研究室2

 ディラルトが気を失ってからも、リサラはそれに気付く事なく彼の体をゆすり続けていた。


「なんでずっと黙り続けてるんですか室長! いい加減私達に詳しい説明を……!」


 すると、ずっとリサラの側にいたカティアがトントンと肩を叩きながら口を挟んだ。


「リサラ、リサラー」


「……何ですか、カティア」


 カティアから声を掛けられ、リサラはディラルトの体を揺らしていた手を止めた。


「それくらいにしておいた方が良いんじゃない? その、そろそろセンパイの命が危ないと思うよ〜」


「へっ? ……あっ」


 首を指差すカティアの指摘を受けて、リサラはそこで漸くディラルトの魂が抜けている事に気付いた。


「あ、あれ!? し、室長……?」


 先程までと違って優しくディラルトの体を揺するが、ディラルトはピクリとも動かない。


「へんじがない。ただのしかばねのようだ」


「変な事言ってる場合じゃないですよカティア! どうしてもっと早く止めてくれなかったんですか!?」


 さぁーっと青褪めた表情になったリサラは若干涙目になりながらカティアに訴えた。


「いやー、慌ててるリサラはいつ見ても面白いから〜。それに、ちゃんと何回かリサラに声掛けたけど、リサラってば全部無視するんだもん」


「はうっ! そ、それはすみませんでした……」


 カティアの指摘にリサラは胸を押さえて謝罪の言葉を漏らす。


「ま、とりあえず気絶してるセンパイはそこのソファに寝かしちゃお? そのうち復活するだろうし」


「そ、そうですね! ……室長、ちゃんと起きますよね?」


「……」


「だ、黙らないでくださいよ!? ねぇ、カティア!」


 そんな会話を繰り広げながらカティアとリサラは2人で力を合わせて、気絶してしまったディラルトをソファに寝かせたのだった。




 ◇




「──いやー、危うく2人に詳しい説明とか何にもしないで川の向こうに渡っちゃう所だったよー。ごめんねー、2人とも」


 あれから意識を取り戻した俺は、ソファに座って後頭部を掻きながら、前に立っているカティアとリサラに何事も無かったかのように明るく話し掛けた。


「その、すみませんでした……」


「もう大丈夫なんですか、センパイ?」


「うん、術式間違えちゃった時に比べたら全然大丈夫。別になんともないよ。だからリサラもそんなに気にしなくて良いからね」


 まぁ、まさか部下に物理的に意識を持ってかれるとは思いもしなかったけど。


 大きく体を伸ばしながら俺はイスに座ったカティアの質問に答え、俯いて反省している様子のリサラに声を掛けた。


「気を取り直してさっきの話の続きだけど……2人は何を聞きたい? といっても、俺もあんまり説明できる事はないんだけどさ」


「んー、そうですね……とりあえず、ここが解散するのは分かったので、明日からどうなるのかを教えて欲しいです」


 カティアの質問に俺はピシリと石のように固まる。


 そういえば、2人に解散する事は伝えたけど……クビになる事はまだ伝えられてないような……?

 ……あれ、これってちょっとヤバくない?


「センパイ? 急に固まってどうしたんですか?」


「あっ、あ〜、えっとー……そのー……」


 カティアから声を掛けられて我に返った俺は、両手の人差し指同士を何度もくっつけながら、2人から視線を逸らす事しかできなかった。


「あの、室長。どうして私達から視線を逸らしているのでしょうか?」


「ソ、ソラシテナイヨ。ウン、ベツニソラシテナイ」


「あのー、センパイ。私達に何を隠してるんです?」


 流石に俺の様子がおかしいと思い始めたのか、2人は俺に圧を掛けると共に疑惑の視線を向け始めた。


 このまま隠し続ける訳にもいかないし、いい加減腹を括ろう。こうなったら、もうなるようになれの精神である。


「え、えーっと、実はね……明日から研究所ここに来なくて良い事になっちゃった〜……」


「……」


「……」


 若干頬を痙攣らせながらクビになった事を2人に伝えると、一瞬でシーンとした空気が室内に漂い始めた。


「……あ、あの、室長。それってつまり?」


「クビって事だね、うん」


 額を強く抑えながら尋ねてきたリサラに答える。

 すると、今度はカティアが口を開いた。


「……マジです?」


「マジっす」


 同じように短く答えると、それを聞いた2人はガックリと脱力したように体を前のめりに倒しながら、はぁ〜と大きな溜息を吐いたのだった。


「今まで色々嫌がらせとか妨害をされてきましたけど、まさか研究所から追い出される日が来るなんて思ってませんでしたよ」


「そうだねぇ。俺も議会を動かしてまで強引に追い出しにくるとは流石に思ってなかったよ」


 少し不貞腐れた様子で頬を膨らませながら両膝を抱えたカティアに、俺もソファの背もたれに全身を預けて天井を見上げながら答える。

 すると、さっきからずっと額を抑えていたリサラが溜息交じりに口を開いた。


「はぁ……それで室長。私達はこれからどうするんですか?」


「んー、あー、そうだねぇ……先ずはこの部屋の片付けかなー。明日からここには来なくなるし」


「なるほどー。それじゃあセンパイ、サクッとお部屋の片付けお願いしま〜す」


「はいはい、任されましたよーっと……」


 だらんとイスに体を預けているカティアに軽く返事をしながら、俺はソファから立ち上がって数歩歩き、意識を集中したまま右手を天井に向けて掲げた。


「術式展開──ストレージ!」


 そう唱えた瞬間、俺の右手を中心に魔法陣が展開され、その上に手のひらサイズの青色の光球が現れる。


 この魔法の名称はストレージ。俺達3人の魔法の知識と技術を総動員させて生み出した魔法だ。

 簡単にどんな魔法なのかを説明すると、対象を別空間に収納する魔法である。


「それじゃあ……お片付けの時間だっ!」


 俺はその光球をギュっと握りしめて、それを輪投げのように机の上にある書類の山に向けて放り投げた。

 投げられた光球が書類の山に届いた瞬間、光球が大きく膨らみ、光球の中心部に書類がどんどん吸い込まれて消えていく。

 それを繰り返す事数回、部屋に無数にあった書類の山は綺麗さっぱりと片付き、ほんの数分でスッキリとした部屋になった。


「ふぅ、書類の片付けはこんなものかなー。ほかに残ってる書類とかはないよね?」


「ないと思いますよ。とりあえずお疲れ様でーす。やっぱりストレージだと片付けも一瞬ですね〜」


 戻ってきてソファに再び座ると、イスの肘掛に寄りかかるような体勢で座っていたカティアから労いの言葉を掛けられる。


「ストレージの中に適当に突っ込んじゃえば片付けなんてほぼ終わったものだからねー。手作業であの書類の山を片付けてたら、3人でやってても絶対に今日中には終わってないだろうし……」


 いちいち重要な書類とそうでない書類とを手作業で分別するなんて、やりたくないし考えたくもない光景である。


「部屋の片付けは室長が一瞬で終わらせちゃいましたけど、この後はどうするんですか?」


「この後? この後は他の研究室に押し付けられてた仕事をぜーんぶ投げ返して、ここの入館証を返却するくらいかなー。……うん、それくらいだと思う」


 やらなきゃいけない事を頭の中に軽く思い浮かべていき、それをリサラに伝える。

 すると、さっきまでイスにだらんと座っていたカティアが立ち上がり、グッと体を上に伸ばしながら口を開いた。


「んっ、んんー! それじゃあさっさと全ての仕事を投げ返して自由の身になっちゃいましょうよ〜。ね、センパイ」


「やる事も特にないもんねー。んじゃ、他の研究室に仕事を投げ返しにいこっか」


 こちらに差し出されたカティアの手を握り、俺もカティアに倣うようにソファから立ち上がる。

 しかし、ここでリサラが慌てた様子で待ったをかける。


「えっ、い、良いんですか室長!? まだ定時にもなってませんよ!」


 壁に掛かった時計に視線を向けると、時計の針は定時にはまだ早い時間帯を指していた。


「まぁ、今日くらいは早上がりしても良いでしょ。定時過ぎてから他の研究室に行っても、仕事のない他の連中はみんな帰っちゃってて誰も居ないだろうし」


「それは、そうですけど……」


 ふむ。リサラの反応を見るに、もう一押しといった所だろうか。それならもう後は強引な流れで押し切っちゃおう。


「何か問題があったら俺が責任取るから。ほらほらリサラも立って立って。研究室巡りに行くよー!」


「ほら、リサラ。ゴーゴー!」


「わっ、わわっ! 少し待ってください……! ちょっと室長! カティア!」


 無理矢理リサラを立ち上がらせて、俺はカティアと一緒にそのまま扉に向かってリサラの背中を押していった。

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