08
今週の土曜日は、高校の最寄り駅から、2つ先にある駅前で遊ぶことになった。
駅の北口と南口には、それぞれ繁華街があった。
北口は風俗街、南口は商店街といった棲み分けがされていて、乾は俺の事をどこにつれていくのか教えてくれなかったが、おそらくは南口の商店街のテナントに入って物をかったり、ゲームセンターで遊んだりするのかなと想像した。
つまり、暇を持て余した中高生が遊ぶにはあもってこいの場所が高校の近くにあって、定期券も途中まで使える事から、ちょうどいいやという事になったのだった。クラスから浮いているし、学校の連中に見つかっても別にどうでもいいと思っていたのもある。わざわざ遠い所に行ったとしても、そこで俺たちが楽しめる訳がなかったのもあった。
今日は乾の好きな物を教えてもらう日だから。
今日の俺が肝心にすべき事は、乾とどういう風に土曜日を過ごすかだった。乾に嫌われずにこうして話が出来ているのは、乾が俺に対してどういう感情を持っているのか分からないが、敵意を持っていなくて、心君と比べてもうざいと思っていないからだ。
だとしたら、土曜日の俺は今までの俺と同じでいいと思うし、何か特別な事もしなくていいかなと思った。はっきり言って仕舞えば、乾の話や、乾の見ている世界を知れることが楽しくて、もっと教えてくれる事以外はどうでもよかった。そこに俺の余計なエゴや考えを入れる事で、邪魔が入るような事態にしたくなかった。
服は悩みに悩んで、ユニクロと無印で買った無地のシャツと黒地のジーンズを書く事にきめた。なんとなく帰りによったしまむらで、浅緑色のパーカーを追加で購入する。なんとなくだけど、春だし少し寒いかなと思ったので。ジャケットは高くて買うのをやめた。安いジャケットは見るからに安く、かっこいいジャケットは質感が高い代わりに高い事を初めてしった。
土曜日当日は、寝坊した。昨日眠れなかったのだ。準備は完璧だったので、直ぐに家を出た。走って走って、集合時間5分前に着く電車に乗れた。汗だらだらで、本当にこんな格好で乾に会うのかと思うと、少し絶望した。
「時間通りに着くんだけど、ごめん、5分前に駅に着く」「待ってるので早く」「え、もうついてるの」「私は待ち合わせがある日は一時間前に待ってます」「すまん、どこか入ってて」「そんな事の為にお金を使いたくないので、本読んでまってますよ」「分かった、払う。払うから。入ってて」
文章だけ見ると、棘があるような気がするのだが、乾の言葉は事実がメインであって、それ以外の要素については特に興味がないようだった。言っている事が全てでそれ以外の事は何もないのだ。乾は本気でいつも一時間前に人を待っていて、待っているから早く来てほしくて、でも来ていない間別に何も思っていなくて、単純にいつも通り本を読んで待っていると言っているだけなのだ。
そういう事が分かっていたというか、最近知ったのだが、それでも電車に乗ってつり革を掴んでいる間。なんとなく気が気ではなかった。学校で毎日会っているのに、今日本当に初めて乾という人に会えると思ったのに、いきなり失敗した自分に嫌気がさして、むくむうとマイナスの感情が膨れ上がっていくのがわかった。
気持ちの方向を逸らすために、ポケットに入れた財布を確認する。ちゃんと金が入っている。今日の為に引き出した貯金は2万円。千円札が20枚入っている。
今日のコースは完全に彼女に任せていたし、どこに行くのかは敢えて聞かなかったので、金だけ持っていくことにした。ショルダーバックの中には、バッテリーが二つ入っていて、充電コードは乾のandroid用と俺のiPhone用二個つ入れた。
若干バッグが膨れ上がっているので、乾に引かれるかなと思いながら、「取り合えず駅前のカフェに入って待ってて」とlineを打った。「分かった」返信が来て少し安心した。乾に嫌われてませんように。と思った。
俺も乾が本を読むというので、なんとなく合わせて読むようになっていた。乾の濫読ぶりに、興味を持ったのか、合わせようと思ったのか、その理由は分からない。
しかし、何をよめばいいのか分からないので、適当に本棚から借りた文庫本をこの前駅で買ったのだ。伊坂幸太郎のグラスホッパーという小説で殺し屋の小説だ。
本は、いつも書いてある内容を読む事が難しくて苦手だった。そして難しい事が書いてある文章をなんとか読み終えたとしても、そこには答えが書いてある訳がなくて、いつも投げ出してしまっていた。
ただ、乾と話すようになってからは、まるで乾と話している時と同じような気持ちで本を読み始めるようになっていた。
乾は、濫読した本の事は覚えていなくて、文字だけを見つめているといった。それは、読んでいないと事でもあって、なんとなく見ているだけに近い感覚らしい。俺は読もうとしているから読めないのかなと昨日lineで返したら返事は帰ってこなくて、さっき乾に送った遅刻連絡のlineになってしまったから、分からないのだけど、乾に話しかけた事で、俺の中に色々な変化が起きていることは間違いなかったのだ。
なんで乾と友達になりたいのか、なんで、あの時乾の言葉を真似て、その流れでトイレまでおっかけて、友達になったのかなんて、何も分からなかった。ただ、生まれて初めての感情を抱いた相手に対して、それが最終的に恋愛でもなんでもいいんだけど、乾の見ている世界や、自己紹介がなんでくるっているのか、なんで俺はそのくるっている自己紹介を真似てしまったのか、どうして乾は出来上がったのか、聞きたいもっと知りたい。
駅について、乾がいる駅前のカフェに向かった。注文をする前にテーブル席の方に向かうと、乾はカウンター席に座っていた。
空っぽになったLサイズのアイスコーヒーのグラスとトレイの隅に置いて、ちびちびと、小さなグラスに入った水を飲んで、通りの往来を見つめていた。
「ごめん、おそくなった」
「別に、本読んでましたし」
「今日はなんの本読んでたの」
「お金の本ですね」
「何が書いてあったの」
「分からなかった」
彼女はそういうと、トレイを返却口に戻して俺の手を掴んだ。
「今日は色々と行きたいところがあるし、話してる暇ないですので」
乾の今日の服装は、春らしいピンクのカーディガンに、深緑の布地に白い縦横のチェックが入ったロングスカートで、教室では付けていない度の強そうな眼鏡をかけていた。一言でいうとかわいかった。
淡いベージュのベレー帽を少し斜めにかけていて、肩にかけた細い紐につながれたピンク色のポーチの中は俺のショルダーバックみたいにパンパンに膨れ上がっていて、大きめのバッグとかにすればよかったんじゃないかと思ったけど、俺も人の事は言えないので、何も言わなかった。
乾は俺のパーカーを摘まんで、また、顔を見せずに俺の事をひっぱって店をでた。
店内にいた、何人かやスタッフが少しほほえましく見てきているような気がした。
乾は、俺に表情は見せてくれなかった。急いでいるのか、怒っているのか、予定があるからそれ以外何もみえてないのか。道の先に進もうとする背中を導かれるまま、俺は聞いた。
「今日はどこからいくの」
俺は乾に問いかけると、彼女の足が急に止まった。
「この自販機、80円なんだよ」
「へ?」
「視た事ないメーカーのどこかで見た事がありそうな水、炭酸水、清涼飲料水」
乾は俺を引っ張り続ける。その先にあるのは、繁華街のビルに囲まれた公園で、煙草を吸っている朝帰りのキャバクラボーイが何人も煙草を吸っていた。
北口に来ていたのだ。
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