07
クラスの中では、入学早々できたカップルとして噂されているみたいだった。最初は気にしていた些細な空気感に対する注意や怯えが消えて行って、それ以上に、自分が乾に惹かれていく感覚の方へと夢中になっていった。
クラスの誰と話す事よりも乾とやり取りしている事が楽しかった。
毎日、決まった時間になると乾にLINEを送る。すると、心君が狙ったようにLINEで邪魔してくるが、最近は無視するようになった。
早く、土曜日が来ないかと待ちわびた。こんなに土曜日が来るのが楽しみだったのは生まれて初めてで、ふと思えば、まだ乾とあってから1週間も経ってなかった。
これほどまでに充実した思いはしたことがなかったし、時間が過ぎていく速度を遅く、そして早く感じることはなかった。
クラスメイトの連中は心君が俺たち二人に危害を加えると、敵意を向けてくる事を学習しているらしく、彼らの中で、俺たち3人はクラスにいないないことになっていた。
一体、心君が何をしたのかはわからない。何も教えてくれないから。ただ、俺たち3人は最低限クラスの中で必要なやり取りを除いて、クラスの連中には相手にされない区分の人間にカテゴライズされているようだった。
乾とは毎日lineで話をしている。それはそれは他愛のない話を。彼氏彼女という関係でもないし、お互いがお互いをどう思っているのかなんて何もわからなかった。
lineを交換した日から、俺は乾と頻繁に文字で会話をするようになった。
初日みたいに、学校にいる時は話さないことにした。
文字のやり取りで完結する会話というのは、誰中も邪魔されないコミニケーションであって、心君や他のクラスメイトからの視線を気にせず、堂々とやり取りするにはもってこいだったからだ。
とはいえ、話すと言ってもこちらからは一方的に乾へ話しかける。それに対して乾が答えるだけという構図は何も変わらなかったのだが。
教室でlineを返している時、何度も心君が俺の隣の席に座ってきて、スマートフォンの中身を覗こうとしてきた。
その度に俺は席を立ち、心くんから逃げた。普通に話してくれる分には問題ないのだが、いい加減乾と俺の関係に首を突っ込む事をやめて欲しかった。
乾は心君が苦手になってきているようで、昼休みに俺が心君の追求から免れると、色々と絡まれているようだった。
「乾さん、ちょっと職員室にノートもってかないといけないから手伝って欲しい」
だから俺は、トイレ前で俺をひっぱったのと同じ要領で、乾のブレザーを引っ張り、いつもの屋上の踊り場前まで引き連れていった。
初日の決意は3日くらいでもう、消え失せていた。
自分が起こした行動の大胆に恥ずかしさを覚えたのは家に帰ってからで、昼休みは心君から乾をどう引き剥がすかが全てだった。
最初、乾をつれ出した時は、でっち上げた謎の理由に気づいていないのか、本当に職員室に用があると思っていたので、屋上に向かう俺の足を不審に思い、「私をどこにつれて行く気なんですか?」と手を振り払われることもあったが、理由を話し、俺は「乾と友達になるために君のことを取材させてほしい」と正直に言った。
冷静に考えると、もう少しまともな人間の会話で、説明できなかったのかなぁ、自省するところではあるが、ともあれ、金曜日なると、昼休みは屋上前の踊り場に乾が来るようになっていた。
心君から逃げるためではく、俺に取材を受けるためという名目で、乾は教室から毎回出てくるようだった。
心君も乾や俺との接触を諦めたわけではなさそうなのだが、「乾との時間を邪魔しないでね」という俺からの釘と、「坂口から取材を受けるのでまた後で」という乾の言葉に打ちのめされたようで、屋上前までは来ない気らしかった。
屋上で話す時の俺たちは饒舌だった。
最初はぎこちなく天気の話から始めて、しかし乾はそれに興味を示さないので、別の話題を探して、乾の食いつきがいいと判断したら前のめりで聞いて行った。そしたらLINEで会話していることと、対面で話している内容に違いはなくなって、そこに乾のハスキーボイスと、微細な表情の変化が乗っかって、きてより取材が進んでいった。
「乾さんが好きな物ってあるの?」
「好きな物っていう定義が広すぎてわかりません」
「好きな食べ物とか」
「好き嫌いはないです」
「トマトとかレタスは」
「子供じゃないので」
「子供じゃないと自分で思うの?」
「舌は大人ですね」
「コーヒー飲める?」
「飲めたり、飲めなかったりします」
「俺は砂糖入れないと無理」
「私は入れなくても飲めます。坂口よりは大人です」
俺に対する敬称は最初から抜けているのにどこか敬語で話した。俺は一貫して坂口と呼ばれていて、いや、その事に不満があったわけではなく、今までは健太郎とかケンちゃんとかが多かったので、少しだけ新鮮な気分で自分の名前が呼ばれるのが好きだった。
「乾さんは」
「乾でいいです。なんか気持ち悪いので」
「あ、じゃ乾は、苦手なものないんだね」
「...今度、私の行きつけのお店に連れて行きます」
乾がどういう人間なのか、会話する度に俺走って行った。少しずつ少しずつ、長い時間をかけて乾の事を取材していた。
ただ、乾は俺の事をどう思っているのか、それは、しかし何もわからなかった。乾は俺に聞かれたことは答えるが、俺に聞いてくれたことはなかった。
その不安を抱えつつも、しかし、今週の土曜にデートにいくんだから、今はとにかく俺が乾のことを知は事に集中した。
自分から声を掛ける事によって、俺は少しずつ乾という存在を知り始めた。そして、知った事をメモ帳に書くようになった。乾はどういう人物なのか、というタイトルの観察日記をつけるように。
今更ではあるが、俺はこの行為を「取材」と呼んでいた。とっさに乾には友達になるための取材といっていたが、あながち間違いではないのではないかと思うようになっていた。
自分が抱いた感覚に名前をつけるという行為が俺にとってのメモ帳であり、書く行為なのだったのではないかと気づいた日には勝手に一人で興奮した。
乾は、コーヒーは苦手だけど好き。漫画はジャンプを買って読んでる。兄が一人いる。ペットは買ってない。勉強は苦手。本は眺めているのが好き。実際に中身を読んでいる訳じゃないので、あんまり覚えていない。つまり濫読家。映画は見ていると寝てしまう。人と話すのは好きかもしれないし、嫌いかもしれない。話していると人が離れて行くから。心君と坂口は別。心君は元カレじゃない。勝手にすり寄ってくるゾンビみたいな物だから、怖くなってlineをブロックした。偶に話す程度なら害はない。心君のライブは一回行った事がある。心君のボーカルはへたくそ。あと、唾が飛んできてくるので、最前列で聞かない方がいい。私の事を檀上に挙げて俺の彼女です! とか紹介された時は流石に感情が膨れ上がるのを感じた。怒りという感情を人間に対して初めて覚えた。それから心君のライブには絶対に行かない事にきめた。俺と話してくれる理由は、話しかけてくれたから。聞いてくれる分には苦しくないけど、求められても困る所がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます