06
俺が心君に声をかけられた理由。二人の関係、乾の気持ち、心君の心。
色々な事や、誰かの考えが頭の中を巡る。
それが全て嫌悪感につながろうとしていた。何が友達なんだ。それは友達なのかと、さっきまでベッドの上で浮かれていた俺が、自分自身が急に馬鹿らしくなってきた。誰かと同じ時間を過ごしたり、会話したり、好きになったり嫌いになったり、一喜一憂する事の馬鹿らしさが俺の心に去来してくる。
なんで俺はこんな事をしてしまったんだろうと思った。どうして自分が友達なんか作らなくなったのか、自分の過去をさかのぼろうとして、気持ち悪くなった。俺は友達になりたい奴がただ、いないだけで、友達になりたい奴がいなかった。そう突っぱねていた部分に隠されていた扉が開きそうな気がした。
自分の心を防衛するために、とっさに心君のアカウントをブロックしようとした。
しようとしたときに、乾さんからlineがきた。
「私の友達になりたいんですよね」
「そうだよ」
俺はそう返した。
「でしたら、私の好きな物を紹介します。今週の土曜日時間ありますか?」
さっきのlineで、心君のライブが今週の土曜日にある事は分かっていた。
だが、乾のlineを見た瞬間に、それまでのぐちゃぐちゃした思いが瞬時に消えて、俺の中の優先順位は既に乾へと一気に傾いた。
自分の心の中の不安定さと、一日の濃度の濃さで疲れてしまった心が一気に回復した気がした。俺は、乾から遊ぼうと誘われたのだ。
嬉しかった。
いきなりの申し出だし、さっきまでしていた乾と心君の会話のかみ合わなさ。二人の気持ちが見えないという気持ち悪さ。俺の事はどうでもよくて、俺が声をかけた事に対してなんとなく付き合いで相手にされているんじゃないのかという疑い。そういう思い込みが、乾の一言「あなたと友達になりたい」という好意を俺にもってくれているようなその一言が、嬉しかったのだ。
…心君の誘いは断ろう。無視しよう。
心君から返信が急に止まった理由を求めるlineが大量に送られてくる。
そのlineに対して反射的に、「ごめん乾さんとデートするからいけない」と返した。
「裏切者!」と怒りの絵文字と一緒にlineが返ってくる。電話もかかってきたし、色々なライブの案内メールが飛んできたが、俺は心君のアカウントをミュートした。心君は俺の事なんかどうでもよくて、自分の心に従っているだけだと思った。
俺はさっそく、乾さんに「是非喜んで」と返した。
俺は乾と話がしたくて乾さんに声をかけた。
それは心君じゃない。
心君じゃないんだから、心君との関係とか、乾が思っている心君の事とか、そいういうのはどうでもよくて、それに何か思うのであれば直接乾に聞けばいい話で、それは乾と俺の中の話じゃないか。心君の言葉に惑わされて、勝ってに気持ち悪くなって、言って仕舞えば俺は乾から嫌な事はされた事がないし、逆に俺から無理矢理友達になろうと言った言葉に乾は答えてくれたのだ。
高校に入って出来た、もしくはこれから出来るかもしれない。自分にとっての初めての友達と、一緒に土曜日に出かけられる事。
そう。それは、他のクラスメイトが休み時間にしていた、自己紹介の先にある「本当の自己紹介」を乾から直接してくれるという事。
いきなりライブに来い、乾君を連れて。みたいな俺がバーターみたいな扱いをする、心君のlineと比べたら、俺の事を見てくれているし、私の事を見てくれと言ってくれた気がしたのだった。
「ありがとうございます。それでは、集合場所とか時間はあとで送ります」
「土曜日楽しみにしてる」
今日一番、自分の心に対して素直に返せた一文だと思った。
ってか今日だけで、もう生きてきた一生分以上のlineのやり取りをした俺の前頭葉は熱を帯びていて、膨らんでいるくらいに熱々で、気が付いたら時計の針はもう12時を回っていた。
初めて出来るかもしれない友達。しかも女の子だ。と、一緒に土曜日に出かけようといきなり言われて、内心舞い上がらない訳がなかった。
俺は、箪笥の中をひっくり返した。
どういう服を着て行けばいいのか、どれくらい金は持てばいいのか、パニックに陥った。土曜日という事は、持ちあわせの服でいくしかないよな、あ、貯金を下ろすにしても家族にバレルのはいやだしな。手持ちはどれくらいあるのかと財布を開くと、樋口一葉が顔を出した。んーこれで足りるのか、貯金を下ろすべきか。いや、降ろそう。
箪笥の中に入っている服はベッドに埋まる程度の物しかなかった。
そのうち半分は、部屋着で、外行きの服は数枚しかなかった。
鏡の前に立っておもむろに自分のコーディネート始めるが、持っている服は小学生の時に買った服がほとんどで、中学生に入ってから買ったのも、しまむらやユニクロで購入した、謎の英語がプリントされたTシャツや、無駄な英語がプリントされたジャケットと、後は、無地のシャツしかなかった。春物の服なんて持ってない。ああ、マジでなんもない。金はないが流石にまずいと思い、学校の帰りに服を買う事にきめた。
親に交渉して、クラスの男子と一緒に土日出かけるから服を買う金が欲しいとねだるか。ああ、けど、仕方ない。とりあえず無難な奴でいいか。
適当に服を選んで、初めて服を自分に合わせて悩んだ。
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