05
初日の学校が終わった。
部活に入る予定はないので、そのまま真っすぐ家に帰った。
おもむろに開いたlineの画面を見ると、二人分の名前が増えていた。
「あ、俺友達が出来たのか」
言葉が出ていた。いつの間にか。誰に投げかける訳でもない言葉が不意に出てきて、自分で自分が恥ずかしくなる。
感情がいい方向に動いたのは、それが自然とリアルな形で出てきたこの感覚は、久しぶりだった。「友達」という一言は軽いようで重いような意味が分からない言葉だと俺は思っていて、口に出した事は滅多になくて、せいぜいクラスメイト程度だったのに、そんな俺が「友達」という言葉を自分で出した事に、二人の事を友達だと思った自分に驚いたのだ。
思わず口に手をあててしまう。その当てたでも演技でもなんでもなく、反射的な行動で、俺は自分の脳みそで考えていた自分の認識が全くあてにならないなという事に気が付いた。
友達ってなんだろな。と考え始める。
いつから、友達という言葉を面倒に考えるようになってしまったのかを。中学生までは、なんとなくクラスの中でボッチ組に属していて、でもクラスの行事は一緒に楽しんでいて、みたいな中途半端な存在だった。
クラスメイトから自分がどう思われていたのか分からない。分からないくらいの関係値しかなかったからだ。
俺は、勉強もスポーツもそこまで苦手でない。特異ではないが、その場その場でそつなくこなす事が出来るタイプだった。それは、人間関係も同じで、一緒に何かしないといけない時はうまく集団に溶け込んで仕事をこなす。終わった後は自分がいなった後で仲いいメンツ同士楽しんでくれというスタンスでいた。
しかしそれは、深い関係になりたいと思うような友達がいなかったという事だったし、バスケットの試合で自分がゴールにボールを入れた時の感動を分かち合いたいという思いや、分かち合う相手を必要としていないという事でもあった。
今日の昼休みに交わしたような、会話をするような「友達」がいなかったのだ。
友達は自然と話が出来る関係だと俺は思っていたのだと思う。そういった友達がいなかったから、メモ帳が、自分の言葉が友達だったのではないかと。
そこまで考えたところで、乾と俺の会話は果たして自然な会話だったのか怪しくなってきた。それは心君についても。
二人とも、会話が得意というよりは苦手だったのではないだろうか。
乾は珍しく自分から声をかけて友達になりたかった子だった。
心君は自分から俺に声をかけてくれて、俺の事を面白いと言ってくれた子だった。
心君については、乾に集まってきた羽虫の俺を利用したり、冷やかす事で、乾と俺の事を監視しようとしていて、そのために、俺と友達になったのかもしれない。
だが、昼休みに乾と一緒に元の暮らすに帰ってきて、自分の席に戻ったあと、心君は乾ではなく、俺に声をかけてきて、「乾ちゃんどうだった?」と声をかけてきたのだ。そこに、俺に対する嫉妬みたいな感情はどこにもないような声色で、俺そのものに興味があるような物言いだった。
昼休み、屋上の踊り場会合から帰ってきた俺と乾に対して、心君は「え? いきなり
いきなり? いきなりなんですか? そうですか! 俺の追っかけ同士が! あらー!」と騒ぎ立てた。クラス中ドン引きだった。
心君には俺以外の友達がいないようで、昼休みが終わり、5限目の授業が始まり、終わった後の休み時間から、心君は俺の席の隣に座っている佐藤を追い出し、無理やり席を奪うと執拗に俺と話たがった。
クラスの連中は、心君のルックスには惹かれていたかもしれない。ただ、心君の行動や言動には困っているようだった。
心君の自己紹介はマジでまともだった気がする。自分の名前と出身校、それからバンドをやっている事とか、心君だけど寺田心の先輩なので、問題なしとか。これは彼の鉄板ギャグなのかなんなのかしらないけど。
心君の見た目はかっこいいチャラ男なので、自己紹介が終わったらギャル寄りの女の子が組みで心君に声を掛けていて、そんな心君のおこぼれにあずかる為にチャラ男属性を持ったメンツが集まっていた。
そこから、なんとなく、クラスの人気者みたいな感じになっていくのかなと俺は思っていて、自分とは違う世界の人間だと思っていた。
だから、乾と心君に接点があるとは思っていなかったし、いきなり、トイレで話しかけられた時は、何か脅されて、金でもとられるのかと思っていたのは事実だ。
しかし、俺が乾と話していた昼休みの間に何があったのか、心君に寄り付く人は誰もいなかった。ついでにいうと、乾と俺の自己紹介を笑っていた陽キャはなるべく心君から離れるように、クラスの隅に固まって、ひそひそ話していた。
更に言うと、心君と急に仲良くなった俺はますますクラスの中でいない奴になっていた。誰も目すら合わせてくれなくなっていた。
「友達になっただけだよ」
「なんも話してないのかよ?」
「連絡先は交換した」
「あ、line交換したんですか? まじ?」
「まじだよ」
「俺の方が先だって!」
心君の交換後の一発目の挨拶はゲル状の生き物がHELLOと言っているスタンプでだった。心君は「かわいいだろ!」と言って滅茶苦茶にっこりしていた。
…という訳で、俺は早速乾さんにlineを送る事にした。
友達になれて、会話の続きはlineでしようと言われたのだから、俺から送らない訳にはいかないのだ。
どういう言葉を最初に送ればいいんだろうか。
俺は考えた。考えたが、何も思いつかなかった。
挨拶の先が書けない人間が、自分から声を掛けて話す事なんていきなり出来る訳がない。そうじゃないか。と自分で自分に突っ込む。今までは、なんとなく向こうから話しかけてくれて、話しかけてくれた言葉に相応しいと思った言葉を返していた。リズムゲームをこなすように、相手が求めている言葉を考えて返す事が命題だった。
今まで書き貯めていたメモ帳を開いてみる。挨拶から先の向こう側を綴った文字がないか探してみるが、見事にない事に気が付いてしまう。
今日は自分の過去の行いに意味がない事、ちゃんと人間関係をやってこなかった事に色々な場面で気が付いてしまう日だと思った。
気分が最悪になって、メモ帳の中身は全部ゴミ箱に捨てる事にした。
ベッドの上で胡坐をかき、両腕を組む。「こんにちは」と打ち込んだ。挨拶は大事だ。というか俺にはこれしかない。だから、腹を決めて、全てそこから始める事にしたんだ。
返事はすぐに帰ってきた。
「こんにちは」
俺は続ける。「今何してんの」「いきなりですね」「あ、ごめんなさい」「誰に謝ってるの」「わからない」「私は<<わからない>>じゃないですよ」「すいません」
一回会話が途切れて、星が爆発するスタンプが送られてくる。何が起きたんだろうか。
「さようなら」「まって、まって、今日何読んでたんだですか」「教科書ですね」「教科書面白い?」「おもしろくはないですが、他に見るものもないので」「他にいつも何みてるんですか?」
なんとなく敬語を使ってしまったところで、既読がついたまま乾さんからの返信が途絶えてしまった。また、何かしくったかなと思った所で、心君からlineが飛んでくる。
「今度、中学からやってるバンドのさ、ライブがあるから、来てよ、乾ちゃん誘って」「いきなりだね」「こういうのは声かけまくって、俺の心を知ってもらうのが大事」「…心君はすごいな」「何が凄いの?」「いや、なんかなにもかも」「だから来てよ。乾さん誘って」「いきなり誘うのは無理だと思うけど…ってか心君から言えばいいじゃん。知り合いなんだし」「乾ちゃん…俺のlineブロックしてるから連絡取れないの…」「お前、鋼の精神だな…」「俺の心は硬いの!!!!!」」
心君が、訳の分からないゲル状の生物のスタンプを連打しておくってきた。俺はそれを止める一言を瞬時に脳内で探して「てか、乾さんの事を心君は好きなの?」と書いてしまった。
「好きだよ!好きだったし、つーか俺元カノだよ」
帰ってきた返答は、学校で聞いた言葉とも違う、もっと密接な関係を示していた。心君の事が一気に分からなくなったと同時に、俺は初めて人に明確な嫌悪感を覚えた。その正体は本当に分からない。
「は?」心君に対する嫌悪感がちょっとだけ湧いてくる。「なんとなく毎日好き好きいってたらいきなりlineブロックされて、私には話しかけてこないでください。さようならって言われた」「いみわかんないんだけど」
「俺もわからんのよ。だから追いかけて俺の心を伝えてる」「理由はないの? 心君浮気した?」「してないしてない。乾ちゃん一筋。俺の心は彼女に届かないんだよなぁ。でもそこがいいじゃん。本当に惚れる」
心君が何を言っていて、なんで俺にそういう話をさらっとしてくれるのか、意味がわからないままlineは続いて行った。乾さんと心君と俺は友達になった。友達になった二人は中学生の時に付き合っていた。一方的に心君は乾の事を追っかけていて、そしたらいつの間にか振られて、無視されて、それでも高校まで追っかけていると聞いた。
そんな所で乾が俺が話しかけたら、今度は俺と乾の関係を見る方が楽しいかもなと思って俺に声をかけたという。
俺は監視されるために心君の友達になったのか。益々分からなくなってきた。
「そうじゃないよ。乾ちゃんがあんな感じで坂グッチに答えてるの、初めて見た。」
「俺は乾の友達になってよかったの?」「いいよ、乾ちゃんに初めての友達ができたんだから。いいことじゃん」心君の心が全く読めなかった。乾が嫌がっているんだからやめれば? という事もできたし、あまりにもしつこすぎないか? と何度も思って気分が悪くなった。
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