03

「そうですか、よろしく」


 乾は俺に簡単な挨拶をすると、急に席を立って教室から抜け出した。

 乾を追いかける。

 残された教室の空気に耐えられないから、というよりは、なぜ席を立ったのか、乾に聞いてみたかったのだった。

 このタイミングを逃したら、俺は今日のことを考えてしまって、乾に話かけることが、怖くなるかもしれない。そう言う予感もあった。

 

「いきなり、言って、ごめん。あ、こんにちは」


 言う言葉が思いつかなくて、とりあえず乾に話しかけるてしまう。


「こんにちは」

「あ、えーと」

「ただ、トイレいくだけだけですので、ついてこないでください」

「いや、なんか乾とちょっと話したくて」

「私なんて相手にしない方がいいと思うけど」

「そういうことじゃなくて」

「そういうことじゃなくても、私はトイレにいくだけですので」


 乾は駆け足で廊下を歩いて行く。

 俺たちのクラスであるところの1-2から1-7の目の前にあるトイレに向かって大股歩きでずかずかと早歩きしていく。周りの連中にみられながらトイレにつくと、「女子トイレに入ってきたら、先生呼びますからね」と言われた。


 流石に女子トイレの中に入る訳にはいかないので、俺は暇を潰すために男子トイレに入る事にした。休み時間になると、いつも男子トイレに行って用を足していたから、尿が出ない事はわかっていたが。それでもトイレに入ったからには、その目的を果たさざるを得ない。

 制服のチャックを降ろし、用を足した。


 …足している途中で誰かが隣に並んだ。

 空いている便器はあるのに、わざわざならんできた事に抵抗を感じて、少しだけ横に動いた。男子トイレには俺と隣の奴以外いない。


「おっすおっす。お前変な奴だな」

「いきなり…失礼な奴だ」

「…声をかけてくれる同級生にそんな返事をする時点でだな、

 お前も相当と思うぞ」


 ガハハハと笑う、隣の男子生徒には見覚えがあった。

 左隣の…佐藤の群れの中の一人だったような気がする。

 指笛を吹いて俺たちの事を冷やかしていた奴だろうか。乾が教室から抜け出した後を追いかけてきたらしい。

 「佐藤君」のおしっこが飛び散ってきて、俺に制服に付着した。

 ああ、連れションって本当に最悪な文化だなと思った。


「乾を追う奴っていうかさ、あんな風にさ、初対面の初日から声かける奴なんているんだなーと思って。なんか、こう珍しくて」

「あ、佐藤…なんだっけ」

「心!心!心君だよ。寺田心と一緒にしないで欲しいし、俺の方が先輩」


 言われ飽きたのかなんなのか分からないが、いらだった様子で、寺田心よりも先輩である事を誇張し、自分がまるでオリジナルであるかのように、自分の事を指さす佐藤心に対して、ちょっとした面倒くささを感じた。


「あ、はい」

「心君って呼んでくれていいから、あ、俺乾の事は前から好きだし、今でもすきなんだけど、えーと坂グッチの事もなんか面白いなと思ってさ」


 心君は俺の事をいきなりあだ名で呼んできた。

 距離感を詰めるのが上手そうだ。


「…心君は何がしたいの?」

「何考えてんのか分からん二人がくっついたら面白いじゃん。そゆこと」

「冷やかしならやめてくれよ」

「冷やかしじゃないし、これは俺の趣味だよ。やっぱちょっと高校頑張った甲斐あったわ。乾の後についてきてよかった。」

「俺はただ、友達が欲しいんだ」

「え? 俺たちもう友達じゃん。後でline交換してよ」


 心君はなんともフランクな男だった。用を足すフリをする間、俺は心君の身体を観察した。高1だというのに、身長は170を越えていた。肌は色黒で体格は細身。背筋は伸びていて、姿勢がよく、また筋肉の付き方が均等で、言って仕舞えば、かなりスポーツのできそうな青年といった出で立ちだった。

 腕にはちょっと高めの時計を付けていて、ベルトは少し年季の愛った皮ベルトをつけており、耳たぶには穴をあけた跡が残っていた。


「佐藤は不良だったの?」

「だから心君って呼んでくれ」

「あー、心君、話聞いてた?」

「俺には心があんの。だから不良じゃないし、人間だからいいの」


 俺の質問から避けるように、チャックを先に閉めた心君は、手洗い場に向かった。 

   

「あ、ハンカチ忘れたから貸して」


 俺は心君の無神経さに対して「お前に心なんてないさ。あるのは人の心を知らない我儘な振る舞いだ」とかなんとか、必死こいて思いついたアンサーをぶつけてやりたいと思ったが、俺はそこまで弁も回らない、人を傷つける度胸もないので、やめた。多分心君も言われ飽きている質問だから、アンサーを避けたのだ。そうに違いない。


 心君は俺からの質問には一切答えず、乾と自分が同じ中学校に通っていた事だとか。俺の自己紹介についての感想を延々としゃべり続けた。

 

 俺は心君にハンカチを貸す。少し濡れた心君の温もりが残ったハンカチで自分の手を拭く。 

 こういう時の為に、俺は鞄の中にハンカチが2枚入っていた。

 誰かに何かを提供する事で、俺は心君になれる訳で、心君の幸せを得るためには、俺がハンカチを余分に用意すればいい。そういう事なのだ。

 


※ 公開後に結構文書を修正しました。

  すいません。。。


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