02

 昼休みになった。


 クラスの連中は、さっきの自己紹介を引き受けた気の合いそうなやつを、学校の出身が同じグループに引き入れ、複数の集団を形成し始めた。

 

 いわば、ここからが本当の自己紹介の始まりで、そのスタートラインも立たず、波に乗ることすらできなかった俺は、己の犯した罪のリカバリーに走る事を早々に諦め、無口無言でスマートフォンの画面をいじることに専念していた。


 流石に、休み時間にYouTubeを開いて動画を見るような根性はなかったので、いつも通り、何気なく開いていたメモ帳を開いて、挨拶の続きを書く事にした。

 

 メモ帳に書きつける行為をいつからしようと思ったのか。自分で振り返るが、はっきりした始まりはどうにも思い出せなかった。


 誰かに聞かれても、答えるのはきっと難しいだろうなと言うことに今更気がつき。へんな自己紹介をしなくてよかったと逆に思うようになった。


 いつも何かの本や映画を見た後で、感動した結果そこに生まれた熱量を何かに生かしたいという思いが一杯になって、それをぶつける先として、俺は言葉を選んで何か書こうとしていた。強いていうならそれだけだった。目標や目的のない行為を他人に話したところで、相手を困らせるだけになることは短い人生経験の中でわかっていた。この話にはオチがないのだ。


 だから、これは、別に面白い話じゃない。というか考えていた自己紹介文を結果的に言わずに済んだのだから、俺は乾に救われたのかもしれない。いや、救われたんだなと思ったら少しだけ元気が出てきた。

 

 宇田みたいに、場に求められている言葉を返すのが上手かったら、それを小説の中に、文章の中に落とし込めばいいんだろうな。ってかそういう事が出来るなら、こんなメモ帳に書き連ねる事なんてしないんだろうなと思った。

 

 俺には宇田みたいな振る舞いができない。頭で理屈は分かっていても、それをうまく言葉に吐き出す術がない。できないから「こんにちは。俺はバカです」と。乾の言葉をサンプリングして言い放ったのだ。ああ、最低の引用だと自分で思った。それが笑いにすら繋がらない、真面目な面持ちで言ってしまったのだから、あれは自己紹介ではなくてただの事故だなと思った。

 周りも、俺の言葉は乾にするからかいという悪意に基づく行為なのか、それとも、本気で乾と同じ事をしていたのか、なんでそう言うことを壇上でしたのか、わからなかなったと思う。


 まぁいあや、とりあえず、俺はクラスの厄介者のポジションで、人が行き来する真ん中の席に座っていら人間で、だから存在を無視するのは面倒なので、いるけどいない奴扱いの存在にしてしまったんだと思う。

 みんな、俺の目の前を通り過ぎる度に、少しだけ俺の事を見た。見てはすぐさま、目線を自分が向かう目的の席に戻して消えていった。いや、消えてるのは俺の方なんだけど、俺からすればこの教室にいるのは俺で後はただの過ぎ去る景色みたいなものだった。


 頭の中でめぐる後悔をメモ帳にがががががと書きつけていく。「なんであんなことをしたのか、こんにちは、の後が思い浮かばなかったのはなんでだろう。あああああああああああ乾のせいだ。俺は悪くない。」そこまで書いて、消した。

 乾のせいにしようとした自分の行為に嫌気がさした。これはよくない。まじでよくない。


 昼休みになると、クラス内のグループは出来上がっていて、メンバーも固まりつつあった。群れを作る速度が速すぎる。

 流石に、これから高校生活を過ごしていく中で、どこか男子グループに潜り込まないと生きていけない事は分かっていた。別に潜り込む事はそこまで苦手じゃなかった。さっきの非礼を詫びて、単純に人と話すのへたくそなんだよ。ごめんね。あれギャグギャグとか言って、笑われて、いじられて、それから自分の話は一切せず、相手の好きな物を聞いて、中学校の話を聞いて、今はまっているものを聞いて、昨日みた動画の話をして、相手がやっているゲームを始めて、一緒にゲームをする、みたいな付き合いをしたりすればいい。

 そういう風に中学は過ごしていて、うまく外されない程度になんとなく友達を作っていたから、同じ事をすればいいと思っていた。いや、わかっていた。

 さっきのプレーはしょうがない。もう過ぎたことださそ、だって、俺の中には何も紹介するものがないんだから、サンプリングしちゃうのはしょうがない。即興で何かするためには自己の積み上げが必要なのに、俺にはそれがないのだから。


 さて、どの輪に潜り込むのか、必死に考える。

 人は一人では生きていけない。生きていける奴もいるかもしれないが、そんな奴は高校に来ていない。行く必要も感じない、だろう。それでも勉強してこの学校に入って俺は高校生になったのだから、このクラスの中に馴染まないといけない。いけないが、あんな失敗をしてしまった後なので、声を掛けてくれる奴はどこにもいない。だから、声をかければよかった。いつも通り。「はじめまして」というんだ。


 早口が頭の中でさわぎたてる。


 これぐらい脳みその中が饒舌なら、マジでこれをそのまま出せば引かれるかもしれないけれども、少なくともメモ帳をいじっているのをやめて、すらすらと話しかけて、ノリのいいピエロみたいな形で、それを面白がってくれる友達を作ればいいじゃないか、と思う。

 そんな饒舌に自分の行動を夢想する心は目線を泳がせて、俺みたいなやつがクラスの中にいないか探した、自己紹介で失敗した奴は、ほかにいなかったか、俺みたいなやつはいないか。男の中にはいなかった。いないことに気がついて女子にはいたかと思ったら、このクラスの中でボッチなのは乾しかいない事に気が付いてしまった。


 クラスの中でボッチだったのは、乾と俺だけだった。

 ・・・ならば、と、乾と友達になろうと思った。

 自分でもびっくりするくらい綺麗に出た結論に対して、不思議と身体が動いた。


 そう思った俺の足は、女子だからどうとか関係なく、昼休み中机で一人本を読んでいる乾の元に向かった。


 「俺と友達になってください」


 周りの奴らの声が急に静まり、俺と乾に目線が集まってくる。

 いきなり何言ってんだといういぶかし気な視線と、一時間目の自己紹介を失敗したカップル同士の邂逅に興味を持っている奴らもいるみたいだった。遠くの席から指笛が聞こえて騒ぎ立てている奴がいた。

 乾は読んでいた化学の教科書を閉じた。

 俺の事を見上げて、黙っていた。

 沈黙の5秒が20秒くらいに感じられた後に乾の唇が開く。

 

 「あなた、誰ですか?」

 

 低い声だった。

 さっきの自己紹介の時には気が付かなかったが、乾の声は女子の中でも男に近いくらいに低めの音程だった。何も言われていないのに、話しかけられていないような気がした。

 

 「坂口、健太郎と言います」と言った。


 これはマジ、おれの本名。こんな名前負けの、まがい物で、苗字の坂道からずっこけおちて、瀕死になりかけてるけど。

 

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