01

 「こんちは。バカ代表です。よろしくお願いいたします。」


 いきなり、女の子が教室の檀上で頭を下げて挨拶した。いや、挨拶というか名前も何も言わなかった。入学式が終わって、登校二日目の初日のオリエンテーションの日、一時間目に用意された自己紹介の場で、いきなり頭を下げた出席番号2番の女の子。苗字は確か、クラス名簿を見ると、「乾佳子」と書いてあった。

 

 いきなり謎の挨拶をかました女の子は乾佳子と言った。


 急に頭を下げた乾は、頭を上げると自分の席に戻った。

 教室中がざわついていた。

 ひそひそ声を尻目に、乾は自分の席に戻って鞄から取り出した教科書を開き、読み始めた。我関せず、自分の空気をブラさず、教室という1つの共同体の中で乾は自分の空気感をまとって誰も寄せ付けないようだった。緊張してそうしてしまったのか、気がくるっているのか、それが当たり前だと思っているのか、分からないくらいに落ち着いていて、担任の先生も乾の名前を何度も呼ぶが、乾は何も答えなかった。

 クラスの男連中、特に運動部に入りそうな髪を整髪料で整えた奴らが、顔を見合わせながら、乾を冷やかしていた。乾の方を指さして何か笑っていた。

 乾の席の周りの奴らは、乾の顔を見つめながら、声をかけるべきか、どうすべきか悩んでいた。

 次の席順の奴が檀上へあがっていった。

 「宇田です。一年間よろしく」と無難な挨拶から始まり、中学校時代は卓球部で部長をしていた事、自分の事は「ウド」と呼んでくれ!と軽いノリの自己紹介をした結果、クラスの雰囲気は緊張状態から少しだけ緩和されて、そこから自己紹介の流れが元に戻っていった。


 自己紹介で何を言うべきなのか。同じ年齢の年相応の同じ考えを持った奴らと。つまりはこのクラスに馴染むために必要なのは、クラスの連中が見ている、あるいは求めている自分にフィットさせて吐き出す言葉だ。コミニケーションだ。そう思った。宇田は乾の空気を引きずる事なく、自分がしたい自己紹介をこなして、流れを作った。

 

 そして、俺の番が近づいてきた。

 俺は坂口なので、ちょうどクラスの真ん中くらい。

 前の奴らが作った流れで学習しながら、昨日なんども温めてきた自己紹介文を披露しようと思った。ラッパーが8小節の中で切れのいい自己紹介を1バース目でするみたいに。


 俺の番が巡ってくる。

 高校デビューでいきなりド派手な自己紹介をすべきなのか、正直に自分が今思っている事を言うべきなのか。あまり考えずに適当な事を言えばいいのか。俺は直前まで悩んで、悩んだ結果乾の自己紹介が急にフラッシュバックした。


「初めまして。僕は南の方から来たバカ代表です。一年間よろしく」



 言ってしまった。


 戻ってきたクラスの雰囲気が一瞬で冷えた。乾の方を見ると、相変わらず、教科書を読んでいるみたいで、今は国語の教科書の真ん中くらいを読んでいるそうだった。


 自己紹介に失敗した俺は、まばらな拍手を受けながら、周りの席に座っている連中からやばい奴みたいな目でみられていた。ああ、ちゃんと高校ボッチになれた。何がどうあれ、俺はもうおしまいだ。助けてくれ。




 


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