EX① 15.5 閑話・とある夏の日に

――これは、彼らにとってつかの間の、だが永遠ともいえる幸せな日々の追憶である――


「ふぁ゛っひ゛ぃ……」


邪悪なる転生者、アロガが引き起こした事件よりはや1か月。季節は夏へと突入し、その暑さに人々は愚痴をこぼす。

この男――スクトもまた、そのうちの一人であった。


「だからって、人の作った氷をむさぼるのはやめてくれないかい?」

そんな彼を呆れた風な瞳で見つめつつ諫めるのはキュリオ。

それもそのはず。スクトは彼女の研究所に来るなり、ひたすらに氷を喰らっていたのだから。


「ふぉんなふぁっふぉうひてるやふにゆわれふかふふぇふぉ」

「何を言ってるのかさっぱりだよ、君」

口いっぱいに氷を頬張ったままキュリオを指差し、文句を言うスクト。

「ん゛んっ゛……んなカッコで男を部屋に上げてるやつが言えたことかよ」

氷を噛み砕き、飲み込んで言う彼。何故なら、キュリオは今――


「……仕方ないだろう。僕だって暑いんだ」

白衣の下はキャミソールとスカートという状態であったのだから。

「いや白衣脱げばいいだろ」

「な……何を言い出すんだ君はっ!この変態!スケベ!」

「ほふぁへひんひくりん」

「だーかーらー!氷を食べるのをやめたまえ!」

ついに業を煮やしたのか、椅子から降りて直接彼を止めにかかるキュリオ。


「お、おい何すんだこの!」

「それ以上食べられたらアイスコーヒーが作れなくなるっ……!」


くだらない口論を交わしつつ、もみ合いとなる二人。


ちなみに――キュリオのラボには冷房が設置されている。

もっとも今、修理の真っ最中なのだが。

男所帯という性質上汗や体温による室温上昇により、冷房が効きづらいレイヴンズの屯所とは違い、基本的に彼女一人しかいないラボは涼しい。

それが目当てで、スクトはここに来たのだが……目論見は見事に外れたのだった。

その腹いせと言わんばかりに彼は氷をむさぼり始め、今に至る。


「んぎぎぎぎぎ……」

「ふんぬぬぬぬ……」

手四つの体勢となり、顔を突き合わせる二人。そんな時――ドアが突然開いた。


「……オジャマシマシター」

しかし訪れたその人物は片言でそうとだけ言うと、走り去ってしまう。

急な来客にキュリオが気を取られ力のバランスが崩れたことに、その理由があった。


「「……」」


暫し、黙って互いを見つめ合う二人。

キュリオが押し負けたことにより、スクトが彼女に覆いかぶさる形となってしまっていたのだ。

当然、顔はかなり近い。あと少し前に出れば唇が触れ合っていたキスをしていたほどに――


「うぉぉあっ!」

「ひやぁぁぁあっ!」

思い思いに悲鳴を上げ、急いで離れる二人。


「違う、違うっ!待てオイっ!」

顔を真っ赤にしながら一目散に立ち去った人物――ケイトを追うスクト。

一方残されたキュリオは、胸に手を当て――高鳴りを必死に抑えていた。


(あばばばばばば……)

もっとも、とても冷静になれはしなかったようだが――



「……んで、何の用だ」

「いやぁ、はは……」


そんなこんなで数分後。ようやく先ほどの一件が偶発的に起こったものであるかを納得させ、ケイトを連れ戻したスクト。

彼は未だ頬を赤く染めつつも、平静を装ってケイトに問うた。

そんな彼に、ケイトは答える。


「最近急に暑くなったでしょう?だから、お二人に提案がありまして……」

「ふぅん、どんなだい?」


ゴホン、と咳払いし二人を見据え直すケイト。そして彼は口を開き、言った。


「海、行きませんか?」

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