38 2068:ケイト・アウェイクニング

「待ってくれ、俺が悪魔ってどういうことだよ!」

「本当に現れるだなんて!よりによって、息子の姿を使って!」

「違うんだ、聞いてくれ母さん!」

「お前が母さんと呼ばないで!」


涙ながらに叫びつつ、母さんが俺に突き付けたのは――なんと銃。

その姿に、俺から一気に血の気が引いてゆく。


「まさか……まさか撃つって言うのか!?その銃で、実の息子を!」

「違う!お前は息子なんかじゃない……息子は、ケイトはもう……」


「死んだのよぉっ!」


タァ―ン、と乾いた音が、雨の空へ消えてゆく。煙がまだ銃口から立ち上る銃を持ちながら、腰を抜かした母さん。

そして俺の額には――穴が開いた感覚があった。


しかし、俺は死んでいない。目の前の光景が、はっきりと見えている。――嫌というほどに。

今起きた出来事が、俺にはとても信じられなかった。

俺を産んでくれた母さんが。俺を育ててくれた母さんが。俺を――殺そうとした?

その事実を何度も反芻し、ようやく飲み込めた時――俺の感情はグチャグチャに混ざり合っていた。


「かあ、さん……」

今の俺には――そうとしか言えなかった。

哀しみ。驚愕。困惑。絶望。そんな要素を含んだ呟きが、口をついて出てくる。

とぼとぼと近づく俺に、母さんは――


「近づかないで、化け物っ!」

再び銃を構え、撃った。今度は俺の左胸を銃弾が貫いてゆく。

だが、俺は死ぬ素振りなど微塵も見せなかった。撃たれたそばから再生していたためだ。


「どうして、どうしてわかってくれないんだ……」

けれど、心に受けたショックは大きい。一度ならず、二度までも実の母親に殺意を向けられたのだから。

俺は両膝を突き、蹲る。ボロボロと涙を流し、子供のように泣きじゃくるばかりとなってしまった俺を――


「っ!?」


衝撃が襲った。何か――袋のようなもので殴られた感覚だった。

頭を庇いつつ、その方向を見ると、そこには――


「父、さん……」

買い物袋を手にし、息を切らした父が――アヤツジ・マサルがいた。

その中身はグチャグチャになっている。きっと、俺はあれで殴られたのだろう。


「ハァ……ハァ、信じられない話だったが、まさか本当だったとは。息子の姿で、妻に何をするつもりだ!」

「違うんだ、違うんだよ父さんっ――」

「黙れ!貴様が息子でなるものか!俺たちの子供は――アヤツジ・ケイトただ一人だ!」

「そうだよ、俺がその、ケイトなんだ――ぶぁっ!」


手を伸ばし、駆け寄る俺を、蹴りの一撃が襲う。怒りにとらわれた人間というものは、時に老いなど凌駕する――80近くとは思えないほどの威力の蹴りが突き刺さり、悶絶する俺。


「消えろ……消えろ悪魔めっ、消えろ消えろ消えろぉぉぉぉぉ……!」

「痛い、痛いよ、父さん、やめてっ、げぅっ」

呪詛を吐き続けながら、俺を蹴りつけ、殴りつける父。しかしその傷は瞬く間に消えてなくなり、一向に死ぬ気配などない。

そんな光景に、母さんは――


「お父さん、どいて……私がやるわ」

そう言いながら俺の側にしゃがみ込み、俺のこめかみに銃口を当てた。

伝わる冷たい鉄の感覚に恐怖を覚え、俺はただただ懇願する。

もうやめてくれ――と。


だが。母さんは無感情に、引き金を引いた。脳漿と血液とが飛び散り、当たりを赤く染める。

しかし俺は瞬く間に再生を遂げ――完全回復を果たした。


「ああっ……うあっ、ああ、う……」

もはや言葉を出す気力もなくし、ただただ呻く俺。

そんな俺を、殺意と恐怖に満ちた目で見つめる両親。


なんで、どうして俺がこんな目に――?どうして、どうして――そんなことを思った、次の瞬間。

俺の心臓が――ドクン、と鼓動を鳴らした。


「ウッ、グッ、ウァ……アアアアアーーーッ!」

身体の底から湧き上がる何かに、苦悶の声を上げる俺。

全身の血液が沸騰し、身体全体が燃えるような感覚だ。

そして俺は引っ張られるまま、力を一点に集中させ――


「ガアァァァァァァァァーーーッ!」


解き放った。


瞬間――凄まじい爆発と閃光が、俺を中心に放たれた。降り注ぐ雨すら蒸発させながら、それはどんどんと広がってゆき――


「ウゥッ、アァ、ァ……」


再び視界が戻った頃には、辺りは一面の更地に変わっていた――



夕暮れ時のカフェテリア。私は少し遅めのティータイムとしゃれこんでいた。

雨を見ながら飲む紅茶というのも、またオツなものだ。

じっくりと香りを楽しみながら味わっていた、その時――


「……どうやら、上手くいったらしい」


遠くの空が、強く照らされるのが見えた。遅れて、爆発音が響き渡る。

何だ、何だとその方向を見やる人々をよそに、私は紅茶に口をつける。

計画が一歩進んだ後であるためか、実に美味だ。

そうして私は全てを飲み干すと、爆発が起きた地点へ向けて足取り軽く歩み始めた。

さぁ、正真正銘、最後の一押しと行こうじゃないか――



「フゥッ……ウゥ、ゥ……」

再び降りしきる雨の中、焼け焦げた写真を手にただただ泣きじゃくる俺。

そんな俺のもとに、一つの影が迫りくる――《神の使い》だった。


「随分辛そうじゃあないか。何があったんだい?」

「母さんが……父さんが、俺を……俺は……俺は二人を……ああああああああ――――っ!」

「何が言いたいかはわかるさ。どうやらこの世界に、もう君の居場所はないらしいね」

「い、ば、しょ……」

居場所――その言葉に、俺は少しだけ冷静さを取り戻す。


「はは、ははは……バカみたいだなぁ、俺。そうだよな。俺はとっくに……それなのに、それなのに俺は……」

途端に、乾いた笑いがこみあげてくる。そうだ。俺はもう当の昔に死んだ人間。そんな俺に、居場所なんて――無くて当然だったんだ。

けど、彼はそんな俺に――


「居場所なら、まだあるだろう?」

そう、問いかけた。

「え……」

思わず聞き返す俺。


「君には、まだあの世界があるじゃあないか」

「……!」

瞬間、俺の脳裏に映像が駆け巡る。

エンデ。スクトさん。キュリオさん。サクヤさん。そして――マリス。

そうだ、俺にはまだいるじゃないか――俺を思ってくれている人たちが。

それを何で、今まで忘れていたんだ?

俺は縋るように言う。


「あの、俺を……俺をもう一度あの世界に連れて行ってくれませんか」

「構わないよ……む?」

にこりと笑い、快諾する彼。しかし――途端にその表情が曇る。


「どうしたんですか」

「……残念な知らせだ。君が聞くには堪えない内容だが――どうする?」

「……教えてください」

何処か含みのある言い方に、思わずそう返す俺。


「なら――これを見るといい」

そう言って、彼が空に投影したビジョンには――信じられない光景が映し出されていた。

それは――


「マス、ター……」


寂しげに呟きながら、天に手を伸ばし――爆散する女性の姿があった。

それは紛れもなく――


「マリス……!?」

俺の異世界における、パートナーの姿であった。

そして視点が動き、そこに映っていたのは――


「スクト、さん……」

それを息を切らしつつ見つめる男性の姿――スクトさんだったのだ。


「どういう、ことですか……?」

俺は思わず、《神の使い》に詰め寄る。こんな光景が――スクトさんがマリスを殺しただなどという光景が、信じられなかったが故だ。


「詳細は私にもわからない。しかし、これは事実だ。カイセ・スクトは、君のパートナー……マリスの命を奪ったのさ」

「嘘だ……嘘だっ、嘘だぁ!」

何度も何度も首を横に振り、それを否定する俺。そんな時――


「いいや、事実さ。これを見たまえ」

彼がそう言いながら、何かを差し出した。それは――


「ああ、あぁ……これ、って……」

バラバラに砕け散ったスマートフォン――俺があの世界で使っていたそれであった。


「何度でも言おう。カイセ・スクトが、マリスをこんな無残な姿に変えたのさ」


再び突き付けられた事実。

その瞬間。俺の中で、何かが弾けた――

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