37 2068:インバイト・ディスペア

――数刻前、綾辻家近辺。私はケイト君より先に、この地を訪れていた。

何故か、って?それはもちろん――最後の仕上げのためだ。

彼は今、迷いの渦中にある。与えられたのではなく自ら発現させた未知なる力に対し、恐れと疑念を抱いている。

このまま放っておけば、只の宝の持ち腐れ。きっと彼は力に呑まれ、自らを破滅させるだけの結果に終わるだろう。

それはそれで面白いものが見られそうではあるが――そういう訳にもいかない。せっかくあと一押しというところまで来たのだ。

ならば、彼を《完成》させようじゃないか。


そんなことを考えつつ――私は彼の両親が住まう家の前へと辿り着いた。

インターホンを押し、反応を待つ。そして数秒ほどして――鍵が開いた。


「……どなたですか?」

ドアを開けて出てきたのは、齢80過ぎの女性――アヤツジ・ヨウコ。彼の母親だ。


「突然の訪問申し訳ございません、奥様。私はこういうものです」

そう言いつつ私が差し出したのは、一枚の名刺。そこには――《宗教法人 ユートピア》と書かれている。

もちろん、こんな名前の団体など存在しない。これは先ほど、私が即席で作り出したものだ。

何故、宗教法人と言う形で彼女へ近づくこととなったのか?その経緯は、ケイト君が死んでから起きたある出来事に起因する――


46年前、この家の一人息子、アヤツジ・ケイトが通り魔の犯行によりこの世を去った。

親しい者のとの突然の死別は、人を大きく変える。その前後で、別人のように人となりが変わるという事もあるほどだ。

彼の両親も例外ではなく。彼らはたいそう哀しみ、それからみるみるうちに生きる気力を無くしていった。

そしてそんな二人を、ある団体が狙う。

それは――新興宗教団体――もといその名をかたる詐欺団体だ。当時金を巻き上げようと躍起になっていた彼らは、好機と言わんばかりに綾辻家へ接触した。

彼らは言葉巧みにケイト君の両親を懐柔――信じ込ませた。が、その内容は呆れるほどに杜撰なもの――はっきり言って、常人であれば一切信じはしないような酷い有様だ。

しかし、哀しみに擦り切れた人の心というものは実に弱い。息子を失ったという事実を未だ受け止められずにいた彼らはその心の隙間を突かれ――異常な額の金銭を支払った。

その後詐欺グループが逮捕され、払った一部が返金されたものの――彼らはその後、本当に宗教へとのめり込んでしまった。

息子を喪った哀しみをどうにかして救済してほしいと、彼らは神へ縋るほかなかったのだ。


哀れなものだ。神などに縋ったところで、救われるはずもないというのに。

奴らは人間など、自らの作った有象無象の創造物の一つとしてしか見ていない。

そんな存在がいくら祈りを捧げたところで、奴らは見向きなどしないというのに。

奴らにとって人間はただの玩具だ。

時に人へ試練を与え、力を授け。それらは全て――悠久の時を過ごす奴らの暇つぶしの一環に過ぎない。

そんな奴らにも、流行り廃りと言うものはある。今のトレンドは――《転生》や《転移》だ。

死んだ人間、もしくはこの世に不満や絶望を抱く人間を懐柔、力を与えて異世界へと送り込む。

そしてそれを見守り――その優劣を競うという訳だ。壮大な育成ゲーム、と言ったところか。


そんなゲームには、一つのバッドエンドがある。

それは――《神を超える力を身に着ける者が現れる》というものだ。

奴らは自分たちが絶対的であるという事に異常な執着を持つ。そしてそれを崩し得る者が現れることに、異常なほどの恐怖も抱いている。

だからこそ、そんな存在が現れた時――奴らは全力をもってそれを排除する。

全く、呆れた話だ。

自ら作り出した存在に怯えるなど――連中が絶対であるはずがない何よりの証拠だ。

だというのに、奴らは愚かにもそれを止めようとはしない。


ならば、いっそ滅ぼしてやろうじゃないか――と、私は思うのだ。

あえて奴らのシステムをなぞり、そこで奴らを超え得る生命体を作り出す――そしてそれで奴らを滅ぼすことが、私の目的だ。


話が随分逸れてしまったが――今こうしているのもその一環。神を超え得る力を持つ存在――《超進化生命体エヴォリュート》の力を発現させたアヤツジ・ケイト。彼を完成させるには、あと一押しの絶望が必要だ。だからこそ、私は彼の両親へと近づくことにした。

彼はきっと、最後の望みとして両親を頼るだろう。二人なら、自身を生んでくれた人であれば、自分を信じてくれるだろう、と。

そんな希望を打ち砕き、突き落とす。それが最後の鍵となるだろう。


「実は貴女にお話がありまして――」

疑念に満ちた顔で私を見つめる彼女に対し、私は一枚の写真を見せつける。

そうすると彼女の瞳が大きく見開かれ、食い入るように写真を見た。そこに映っていたのは、アヤツジ・ケイト。彼女らの息子が、血にまみれた姿で瓦礫の上に立つ光景を映したものである。

この写真は、彼が力を発現させて病院ごと爆発、再生した直後の場面を切り取ったもの。

意識を失って力に操られるがままのその眼光は赤く光り輝き、悪魔の如き様相を醸し出している。


「これは貴女方の息子の姿をした、悪魔です。先日起きた病院の爆発事故をお覚えでしょう?あれは、彼が引き起こしたものなのです」

「そんな、そんな突拍子もない話、信じられません」

「ええ、そうでしょうね。しかし残念ながらこれは現実です。そして彼は今、ここへ近づきつつあります」

「!?」

「理由は測りかねますが、これだけは言えるでしょう。彼は貴女方の息子の姿を利用し――騙そうとしている。ここを拠点とし、世界を滅ぼすつもりなのです」


嘘と真を織り交ぜれば、案外人間は突拍子のない話でも信じ込むものだ。彼女は私の言葉に、ただ頷くばかりとなった。

そして、私は彼女へある物を差し出す。

それは――


「これって……銃、ですか……」


漆黒の輝きを放つ、一丁の拳銃であった。


「それには悪魔を祓うことのできるまじないを施してあります。それを使って、悪魔を消し去るのです」

「そんな、私には――」

「いいえ。貴女方の息子の姿を利用し、世界を滅ぼす悪魔を滅することは――貴女にしかできないことなのです……救世主様」

そう言いつつ、彼女へ銃を握らせる。そしてその最中、使い方を秘かに記憶させた。


「では、頼みましたよ。救世主様――」

そして話を切り上げ、私は家を出た。もうすぐ、ケイト君が到着する頃合いだからだ。

後はその様子を見守るのみ――さぁ、どうなることやら。

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