33 決戦、そして

「何故、貴方がここに」

「決まってんだろ?お前をぶっ潰しに来た」

「つまり、私の邪魔をすると」

「その通りだ」


銃を突きつけ、臨戦態勢のまま問答を続けるスクト。


「……貴方はマスターの知人です。可能であれば、苦痛を与えたくはありません」

「大人しく殺されろってか?……やなこった」


彼がそう答えた時、ステンドグラスから差し込む月明かりが逆光となり、マリスの顔に影を作った。


「そう、ですか……では」


そう呟くと、彼女はヴェールを上げーー


「戦闘を開始します」


その姿を変えた。


「ちっ!」

瞬間、伸ばされる複数の触手を横っ飛びで回避しつつ、撃ち落とすスクト。

彼は椅子の影に転がり込むとブレスレットへキーを装填――レイヴンテクターを身に纏う。


「おおおおおっ!」

そして椅子が破壊されると同時に前方へ跳躍、マリスへと距離を詰める。


一撃目――右のジャブ。回避。

二撃目――左後ろ回し蹴り。回避。

三撃目――タックル。被弾。


マリスの体勢が崩れた隙をつき、スクトはもう一つの兵装である特殊警棒を取り出し、更なる攻撃を加えてゆく。

しかしーー


「!」


数回の被弾の後、マリスが突然攻撃を掴み取った。

押しても引いても動かない警棒をすぐさま離し、距離をとる。

銃を構え、唾を飲むスクトーーそして、


「ラーニング完了」

その言葉と共に、反撃が始まった。


「がっ……!」

残像を残すほどの速度で接近し、スクトの鳩尾へ警棒の柄の底面を打ち付けるマリス。

強制的に肺から息が放出され、苦悶の声を上げるスクト。

よろめく彼を、彼女は右の拳で殴りつける。

それは顎へと突き刺さり、さらにスクトの体勢は崩れる。

返す刀で再び顎への殴打を行うマリス。

そしてすぐさま、腹部を蹴り付け大きく吹き飛ばした。

勢いよくドアを破壊して小部屋へと突っ込んでゆくスクト。

そんな彼を一瞥し、彼女は言う。


「生体反応、未だ健在。排除を続行する」


瞬間、ドアが破壊された。埃と煙の中から、燭台がマリスに向かって飛来する。

彼女はそれを的確に打ち落とすと、次なる攻撃を予測する。


銃撃の確率――80%。

突進の確率――10%。

その他飛び道具の確率――10%。

さて、どれが来るのだろうか。



その答えはーー銃撃であった。

音声とともに、光弾が部屋から放たれる。

光球を飛ばし、相殺するマリス。

そんな時。


「⁉︎」

攻撃の上を掠めて飛来する一つの物体が、彼女の視界に飛び込んできた。

予測に無かった事態に多少困惑しつつも、身体を捻って回避する。

後方で壁が破壊される音に振り向くと、そこには突き刺さった警棒があった。

スクトは銃撃を行いつつ、警棒を放り投げていたのだ。

それを引き抜いて手に取り、投げ返そうとするマリス。

しかしーー


「ッ!」


その時、強烈な電流が彼女の全身を駆け巡った。

瞬間的に回路がショートし、身動きが取れなくなったマリス。


「オオオゥラァーーーッ!」

《Pecking blast……!》

そんな数秒の隙を見逃すスクトでは無かった。

部屋から勢いよく飛び出し、チャージした銃から光の帯を撃ち出す彼。


「う、あぁっ!?」


その一撃は、マリスの胸元へ突き刺さる。

この戦闘が始まって以来、初めて彼女は苦悶の声を漏らして後方へ吹き飛んだ。

立ち上がりつつ着地したスクトを見ると、彼女は呟く。

「何故、予測範囲外の事象が……?」


それを聞いたスクトは鼻を鳴らし、彼女を指差して言った。


「何もかんも予測通りに行くと思うなよ?お前が相手にしてるのは、俺だけじゃねぇ!」

「そういうこと」


スクトの発言に、同調するキュリオの声がブレスレットより放たれる。

そう、今マリスが相手にしているのはスクト1人では無い。

戦闘の様子をレイヴンテクターに内蔵されたカメラを通してモニターしているキュリオ、そしてサクヤが、彼をサポートしているのだ。

先程警棒から電流が流れたのも、彼女らによる遠隔操作の結果。

それを聞き、彼女は言う。


「前提を書き換え、結論を予測……」

「させるかよ!」


しかし、それをみすみす行わせるスクトでもない。

彼はマリスが落とした警棒を拾い、攻撃を仕掛ける。 


「ああっ!」

予測が完了する前に仕掛けられた故に回避行動が間に合わず、怯むマリス。


「でぇぇぇあぁぁぁっ!!」

好機、と言わんばかりに連撃を浴びせるスクト。

身体から火花が飛び散り、ダメージを受けるマリス。

だが彼女も、ただやられているままでは無い。

「ぐぅっ!」

《生成》で剣を作り出し、警棒を受け止める。

鍔迫り合いの形となり、睨み合う両者。


「オゥラ!」

それを制したのは、なんとスクトであった。

彼女が気を取られた隙に蹴りを空いた腹部へ打ち込み、怯ませる。

そして警棒を押し当て、再びキュリオが強烈な電流を流した。


「ぐうぅぅぅぅ……っ!!」

マリスの身体から火花が散ると同時に、苦しげな声を出すスクト。

警棒を掴んでいる彼にもまた、ダメージが入っているためだ。

しかし攻撃の手を緩めず、さらに握る力を強めるスクト。

そんな彼に、マリスは反撃を試みる。


「ぐっ、がふっ!」

マリスの瞳が紅く輝いた後、スクトを衝撃が襲う。

右肩、左脚、右腕。それぞれに貫かれたような感覚が走り、苦痛に声を上げる彼。

マリスが抵抗として、触手による刺突を仕掛けたのだ。

電流の影響か狙いに狂いが出たため急所を一突きとは行かなかったものの、ダメージは大きい。

だがーー


「ぐっ、あっ……があぁぁぁぉ!!」

貫かれても尚、彼は攻撃の手を緩めなかったのだ。それどころかさらに足を踏み込み、前進を始めるスクト。

突き刺さった触手がさらに食い込み、肉の抉れる音が響き渡る。

全身に走る強烈な痛みに歯を食いしばりつつも、足を進める。

そうしてついにーー


「追い詰めたぜ……この野郎!」


マリスの背中が、壁に触れた。

仮面の下でニヤリと笑い、呟くスクト。

彼はすぐさま警棒を振り抜き、今度は銃口を彼女の胸部へ押し当てた。

そしてーー


《Pecking blast……!》


再び強烈な一撃を、彼女へと浴びせた。

撃ち込まれたエネルギー弾が背中まで突き抜けるような感覚に襲われた後、彼女は壁を突き破って吹き飛んだ。


「あっ……ぐっ、うぅ……!」


月の光に照らされて、身悶えるマリス。


「何故、何故予測通りの結論に至らないのですか……っ?」


苦悶の声を漏らしつつ顔を上げると、そこには肩で息をしながら彼女を見据えるスクトの姿。

彼は言う。


「へへっ……計算だけで何もかも上手くいくと思うなよ?そんなもんを上回るのが、人の想いってやつだろ……!」


「有り得ません……そんな不確実な物に、私の予測が……」


「ま……自分の持ち主すら殺しちまったやつには、人の心なんざわからねぇか。」


「私が、マスターを……殺した……?」


スクトの発言に、マリスの内に一つの思いが駆け巡る。


――マスターを殺めたのは、他でも無いレイヴンズ、引いてはこの世界だ。

だが、その原因を作ったのは?

マスターは、何のために捕らえられた?

そう。それは全てーー己を助け出すため。

ならば、本当にマスターを殺したのはーー


「私が、マスター、を……あぁ、あ……」


そこまで考えると、彼女は膝から崩れ落ちた。

初めて覚えた《自責》という概念が、彼女の思考回路にエラーを起こしたのだ。

もはや立つことすらままならなくなった彼女は、ただうわ言のようにーー


「私が……私が……」


そう呟くだけとなってしまった。


そんな彼女にーースクトは。


「……これで終わりだ」


静かにブレスレットを操作し、エネルギーをチャージ。上空へ飛び上がるとーー


《Pecking strike……!》


カラスの如きオーラを纏った鋭い蹴りを、彼女目掛けて放った。

それに気付き、防ごうとするもーー間に合わず。


「ハァァァァァーーーッ!デェェェイヤァァァ!!」


雄叫びとともに、スクトの一撃が彼女を貫いた。

胸部に大穴を空け、火花を散らすマリス。

彼女は天を仰ぎ手を伸ばしてーー


「マス、ター……」


寂しげにそう呟くとーー爆発を起こした

そしてそれが収まった時、この場に残ったのはーー


「ゼェ、ゼェ……やった、か」

息を切らして倒れ込むスクトと、バラバラになったスマートフォン……マリスの残骸だけであった。


彼はブレスレットを顔近くまで持ってくると、言う。

「終わったぜ」

「うん……そうだね。これで、終わったんだ」

どこか寂しげに返すキュリオ。そんな彼女に、スクトは続ける。


「結局、《コレ》の出番は無かったな……」

そう言いつつ、彼は懐から何かを取り出す。

それはーーシャンパンゴールドのスマートフォンであった。


「……ま、いいや。それより迎えに来てくんねぇか?こっちももう動けねぇ」

「わかった。すぐに行くよ」

「頼む」


そう言って、通信を切るキュリオ。

彼女は祖父と頷き合うと、呟いた。


「これで……良かったんだよね。これで……」


かくして、マリスというこの世界の危機は去った。

これからは、平和な日々を取り戻せるだろうーー








































果たして、本当にそうだろうか?



『……ター……』


声がした。誰かを呼ぶような、謝るような酷く切ない声だ。

俺はそれを、知っている。

その声は、その声はーー



「マリスっ!!」


手を伸ばし、叫ぶ俺。

だが、そこには彼女ではなくーー



「……!?」


目を見開いて驚く、白衣に身を包んだ女性。所謂看護師の姿があった。


「えっ……ここは?俺、何で……?」


戸惑い、辺りを見渡す俺。俺はここを、知っている。いや、忘れるはずはない。何故ならここはーー


「地球……!?」


俺のーーアヤツジ・ケイトの生まれた地なのだからーー

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