32 決戦前夜

それから3日――キュリオのラボ。


「ハイ、調整終わったよ」

「ああ」


俺はキュリオからレイヴンテクター用のキーを受け取り、言う。

奴に対抗するため、ジャスティマギアを作らされた際のデータを反映したらしい。


「とりあえずこれで《分解》は効かないはず。でも――無茶は禁物だよ」

「わーってるって」

キュリオを安心させる意味合いも込めて、軽口で返す。

記録を見た限り、奴の戦闘能力が驚異的なのは紛れもない事実。俺としても――少しは不安だ。

だが、そんなことで怖気着くわけにもいかねぇ。奴を倒さなければ、どのみちこの世界に未来はない。


「んで、《秘密兵器》はどんなもんだ」

「ごめん、まだ難航中。どうしてもプログラムが構築できなくて……」

「そうか。お前こそ無茶すんじゃねぇぞ、っと」

少し笑いつつ、人差し指で眉間のしわの間を押してやる。


「ちょっと、何すんのもー!」

「あんま寄せると戻んなくなっちまうぞ。どうせなら――」

「……セクハラ」

「まだ何も言ってねぇだろうが」


一転、しかめっ面からふくれっ面になるキュリオ。

そうだ、そっちのほうがよっぽど似合ってるぜ――そんなことを思いつつ、今度はサクヤの爺さんのほうを向く。

爺さんは今、奴の居場所を必死で探してくれている。


「……まさか、親父の目論見通りになっちまうとはな」

その時。そんな言葉が、ふと口をついて出た。それを聞いたサクヤの爺さんの背中が、少しだけ震える。


「……気にすんな爺さん。元凶はあのクソ親父だ。あんたは利用されただけさ」

親父と旧知の仲にありながら、その暴走を止められなかった爺さんは、そのことを今でも悔やんでいる――無意識とはいえ、流石に失言だったな。

俺は慌ててフォローに回る。


「……そう、言ってくれるか」

震えた声で、返す爺さん。


「ああ。それにあんたがいなけりゃ、あんな便利な暮らしはできなかった。逆に感謝してるぐらいだ」

実際、この人のおかげで俺は人よりいい暮らしができたとは思っている。

弁明のために出た言葉とは言え、それは本心だった。


「……すまない。ありがとうスクト君」

「それで、見つかりそうなのか?」

この重っ苦しい空気を変えたくて、俺は聞く。内容は当然――奴の居場所。


「まだだ。どうやら発している電波のパターンを定期的に変更しているらしい。おかげで補足してもすぐに消えてしまう」

「瞬間移動とかしてる可能性はねぇのか?」

「それはない。今までに検出できた場所は全て徒歩で移動できる範囲内。その類の能力を得てはいない証拠だ」

、ね……」

「うむ。仮に対峙すれば、絶対に逃がしてはならん。自分を退却に追い込むようなものが現れたとなれば、次合う時奴はさらに学習ラーニングを重ねているだろう。そうなれば、一巻の終わりだ」


「へっ、簡単に言ってくれるぜ。……まぁ、逃がすつもりはねぇけどな」


そう言って、俺はトレーニング室へと向かい歩き出す。

正直言って、俺には二人のような頭はねぇ。何でもかんでも最後は気合と根性でなんとかなると思っている、脳筋野郎だ。

だから俺には、戦うことしかできやしねぇ。

たとえ相手が誰であれ、必死になって生きてるやつらの明日を踏みにじるなら――俺がこの手でぶっ潰す。

それだけが、俺の戦う理由だ。

もう二度と、おふくろを失った時のような思いは誰にもさせねぇ。

だから――


「待っていやがれ、マリス」


俺は必ず、お前を倒す。



すっかり陽も落ち、月が高く昇った頃。深い森の中を、一人歩く人影があった。

黒いヴェールに、これまた黒いドレスの真紅の瞳をした女性――マリスである。

幾度となく殺戮を繰り返したのち、彼女はある場所へ向けて歩を進めていた。

その理由は――


「何故、私はここに」


その理由は。

本人ですらわかってはいなかったのだ。この近辺に生体反応は一つとしてない。しかし何かに突き動かされるように、彼女の足は進むばかり。

そんな疑問を抱えながら歩き続け、開けた場所に出た時、その歩みは止まった。


「ここは――教会?」


彼女が呟く通り、そこにあったのは古びた教会であった。その傍らには、赤い花が――アネモネの花が咲き乱れている。

彼女は吸い込まれるようにその戸を開け、入った。


「マスター……教えてください」


そしてその奥にある祭壇に近づいた時――ぼそりと呟いたマリス。

その眼は憂いを帯び、遠い。そして祈るように瞳を閉じ、続ける。


「あの男を始末しても、何人の命を奪っても――私は満たされることはありません。謎のエラーが消えません。これは一体、何なのですか?このぽっかりと開いた《穴》のような思いは、一体?」

彼女は上空にケイトの写真をいくつも投影しつつ、ただひたすらに、呟いた。


そんな時――


「!」


勢いよくドアの開け放たれる音がした。反応し、目をやるマリス。

その視線の先には――彼がいた。

この世界に残された、唯一の救世主が。


「……カイセ・スクト様――」

「よう、久しぶりだな……マリス!」


静かに火花を散らし、睨み合う両者。今まさに、人類存亡をかけた戦いが始まろうとしていた――!

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