13 Malice・Awaking

「オゥラアッ!」

「ぐぉ!」

猛攻を仕掛けるスクトさんに押され、防戦一方となるアロガ。

しかし、スクトさんはまだ気づいていない――このままでは奴にとって利でしかないということに。

あのまま奴を倒してしまえば、あの少女の肉体まで殺してしまうこととなる。

マリスの言うことが正しければ、精神生命体である奴はそのまま逃げおおせ、無辜の少女を殺めたという事実だけが残る。

そうなれば、レイヴンズという組織の信頼は地に落ち、治安維持機能を保てなくなる。

世界は、罪と暴力――悪意で溢れかえることになるだろう。

きっと奴は、それを眺めて嗤うのだろう。

人の心を弄び、尊厳を踏みにじる男のやることだ。確証はなくとも、察することはできる。

俺はまだ痛む身体を押して叫んだ。


「スクトさん!攻撃をやめてください!それは奴の罠です!」

「何だと!?……がっ!」

「しまった!」


しかし、タイミングが悪かった。一瞬の隙を見せてしまったスクトさんを、アロガの長刀が襲う。

俺は吹き飛んだスクトさんの側へと、急いで駆け寄る。


「ぐぐ……おい、何言ってやがるんだ!お前のせいで貰っちまっただろうが!」

「すいません。けど、本当なんです」

『マスター、私から説明を』

「ああ、頼む」


『先程、あの男の肉体に二つの生体反応を確認しました。アロガという男は、少女の肉体に憑依、支配している存在であると推測されます』

「つまり、あのまま奴を倒してしまうとあの子が死んでしまうってことです」

『加えて、戦闘が長引いた場合も少女の肉体が限界を超え、崩壊する恐れがあります』

「ならどうしろって言うんだ!奴はそんなモンお構いなしだぞ!」


『私に考えがあります……先刻暴徒を鎮圧したあの力のデータを頂けませんか』

「んなことしなくても、直接コイツで撃ちこみゃいい話だろ」

『その場合、99%の確率で少女の肉体が耐えられません』

「チッ……わかった。どうすればいい」

『銃をこちらへ渡してください。残存データを探り、ラーニングします』

マリスの言葉を信じてくれたのか、スクトさんは俺へ銃を手渡してくれた。


「ちゃっちゃと済ませろよな。あいにくこっちも時間切れが近いんだ」

『かしこまりました』

「スクトさん、無茶はしないでくださいよ」

「へっ、無茶を言ったのはお前らだろうが。俺が時間を稼いでるうちにやっちまえ!……ウオォォォォォ!」


「別れの挨拶は済んだか?ならば死んでもらうぞ!」

「待たせたな!試合再開と行こうか!」

スクトさんが突撃し、アロガの注意を反らす。俺はその隙に、《学習》を起動。

マリスは銃を取り込み、内部に残ったあの力のデータを捜し始める――



「どうした、随分大人しいじゃないか。打ってこないのか?」

「ハッ、答える義理はねぇよ!」

「ならば遠慮なくいかせてもらおうか!ぬぅん!」

「ぐっ……!」

攻撃を受け止めたスクトであったが、その装甲の各部からは火花が散り始めていた。

試作品故に、長時間の戦闘に耐えられるほどの耐久性がまだ持たされていないためだ。

警告を知らせるアラートが、スーツ内部で響き渡る。


(クソっ……ここまで短いとは思ってなかったぜ。持ってあと3分、ってとこか?)


「フン、なるほど。お前、どうやら限界が近いようだな」

「……」

「黙っていてもわかるぞ。その鎧が耐えきれていないのだろう?その飛び散る火花が何よりの証拠だ」

「ケッ、余計なお世話だ」

「さっきから何かしようと企んでいるようだが、無駄なこと。ガキと下等人種の浅知恵を合わせたところで、神に選ばれた俺を超えることはできない」

「そんなもん、やってみなきゃわかんねぇだろ」

「ぬかしおる!ちぇぇい!」

「ぐあぁっ!」


スーツ内部のダメージにより反応が遅れたスクト。アロガが放った一撃をまともに受け、大きく吹き飛ばされてしまう。

立ち上がる彼を煽るようにして、わざとゆっくり歩み寄るアロガ。


「ククク、無駄無駄。どう足掻こうと、俺には敵わないんだよ」

「へっ、しゃらくせぇ!」



「くそ……スクトさんもそろそろ限界だ。マリス、まだなのか!?」

『進捗率、80……90……完了しました。スキル《分解アナライズ》を取得』

『物質やエネルギーの分子構造を分解し、崩壊させるスキルです。今回の場合、アロガの魔力パターンを解析し、それのみを排除します。』

「なるほど、なら早速……」

『待ってください、マスター』

スキルを発動しようとした俺を、マリスが制止する。


『このスキルには精密な動作が要求されます。僅かでもズレが生じれば、少女の肉体まで破壊することになってしまいます』

『よって、《解析》を同時発動する必要がありますが……スキル使用中に他スキルをバックグラウンドで起動することは不可能です』

「じゃあ、どうすれば……」

『ですが』



『マスターと私が《融合ユナイト》すれば、それも可能となります』

「《融合》?」

取得した覚えのないスキルに困惑する俺へ、マリスは説明を続けた。

『スクト様の纏う戦闘用スーツの技術を参考に、身体能力と処理能力を向上させるために私が先程開発しました。マスターと私とが一心同体となることで処理領域を増築し、複数のスキルを同時発動することが可能です』

「……ああ、わかった。それでいこう」


正直、未知のスキルへの恐れはある。しかし僅かでも、あの少女の命を救うことができる可能性があるというのなら――やるしかない。

俺は意を決し、言った。


「ヘイ、マリス!《融合》を発動してくれ……!」

『かしこまりました。スキル《融合》を起動します』


瞬間、俺の頭の中へイメージが流れ込んだ。

それに従い、動く。


《Show your vow……Show your vow……》


発動とともに、スマホからは低い男性の声色で音声が流れる。

同時に、俺の両手薬指には指輪のようなものが装着された。

俺は腕を交差し、叫ぶ。


「エンゲージ!」


《Exchange……!》


スマホを正面にかざすと、俺の身体はデータの粒子となって分解され、画面の中へと吸収される。

そして残されたスマートフォンだけが宙に浮かぶと、輝きを放つ液晶画面から生成された無数の金属質のケーブルが絡まりあい、人間のシルエットを形作る。

そしてそこへ《生成》で作られた装甲が覆いかぶさり、戦士が誕生した。


頭部右側には女性の横顔のようなパーツが、左側には男性の横顔のようなパーツが着いている。

右側頭部から後頭部にかけて長髪の如くケーブルが垂れ下がり、左腰からは足首まで届くローブが伸びているという、左右非対称なシルエット。

その姿はさながら、ウェディングドレスとタキシードを半分ずつ混ぜたよう。

そして最後に流れる音声が、戦士の名を告げる。


《Malice,awaking……!》


純白の装甲を身に纏いし、紅き瞳の戦士。

今ここに、《マリス》が目覚めた――!

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