08 スクトとキュリオ

「くぁ……」


大きく背伸びし、欠伸。

カーテンの隙間から差し込む日の光にまぶしさを感じつつも立ち上がる。

あの事件から数日経つが、俺は未だにベッドで寝られることのありがたさを痛感していた。

もう、石造りの床で寝るのは勘弁だ。

と、そんなことを思いながら身支度を済ませ部屋を出る。朝にはこの宿を出るという事になっているからだ。

しかし、困ったこともある。未だに収入源が見つかっていないのだ。

転生してからと言うものの、何かしらの事件に巻き込まれてばかり。

まぁ、俺が首を突っ込んでいるせいでもあるのだけれど……それでも思う。

この世界、割と治安悪くないか――?

白昼堂々の強盗事件に、大規模な誘拐事件。なまじ魔法という存在があるが故か、犯罪の規模も大きい。


「どこの世界でも、悪意ってやつは無くならないもんだな」

そう思い、呟いた。

《悪意》のない平和な世界など、知的生命体がいる以上決してあり得ない――そんなこじらせた悪役が言うようなセリフが、あながち間違いでもないかもと思い知る。


『マスター、悪意、とは何ですか』

そんな俺の独り言に、彼女が尋ねてきた。珍しいな。いつもは俺の知らないことを教えてくれるのがマリスなのに――

「難しい質問するなぁ……まぁ、何と言うか……いいものじゃないな。うん」

しかし俺自身、教養があるわけではない。その質問に、やんわりと返しておく。

『そうですか』

「ごめんな、ちゃんと答えられなくて」

『いえ、それより……』

「ん?」


『そろそろチェックアウト時刻を過ぎますよ』

「あ、やべっ!」

その言葉に、慌てて身支度へと戻る。しまった、ギリギリまで寝すぎたか――

そんなこんなで、俺の新しい一日は幕を開けた。

さて、今度は何が起こることやら――



「ったく、朝っぱらから呼び出しやがって……」


レイヴンズ屯所より少し離れた位置にある、大型の建物。

3重のシャッターで閉じられたその建物は、《ラボ》と呼ばれていた。

そんな場所に、スクトは呼び出しを受けていた。

彼は元々、朝が苦手なタイプである。故に、非番の今日は昼まで寝ているつもりだったのだが――この始末だ。

不機嫌さを微塵も隠そうとしないまま、シャッターの横に取り付けられたボタンを操作する。

ゆっくりとシャッターはせり上がり、道が開けた。

彼はずかずかと中へ入り、通路の最奥にあるドアを開く。そして中で待つ人物へ言った。

「おい、話って何だ」

そこには――




「おはよう、今日も相変わらず人相悪いねぇ。女の子に嫌われちゃうぞ♪」

「余計なお世話だ……それにお前が呼び出したせいだからな?」

椅子に座ってけらけらと笑う、白衣の人物――キュリオがいた。


「あはは、そりゃ悪かったね」

「思ってねぇだろお前……後、みっともねぇカッコすんな」

スクトが姿勢に物申した理由。それはキュリオの服装にあった。

眼鏡に白衣姿と言うのは先日ケイトと会った時と変わりはない。

問題は下半身の服装だ。以前はズボンだっが、今は――スカートにタイツと言った服装。

そう、キュリオは女性だったのだ。

故に、スクトは彼女の姿勢にツッコミを入れた。スカートにもかかわらず足を組むその姿勢は、かなり危ういものであった。


「ん、何?気になるの?むっつりめ~このこのっ」

「んなわけあるかこのチンチクリン。鏡見てこい」

スクトに対し、にやつきながら返すキュリオ。

そんな彼女の言葉を、彼はバッサリと切り捨てた。


「ひどっ、そんな言い方ないでしょうよ!?」

「俺はもっと出るとこ出てる女が好みだ。お前は論外」

「んもーこのスケベ!」

「あぁもういいだろ、さっさと本題に入れ。こっちは眠くて仕方ねぇんだ」

「むぅ……ホント君ってやつは。まぁいいや。これ見て」


ふくれっ面で目の前にあるパネルを操作すると、空中にホログラムが投影される。

そこには、何かの設計図のようなものが描かれていた。


「何だコレ」

その内容がいまいち理解できないスクトは、彼女へ質問を投げかける。


「んふふ……ジャジャーン!」

するとキュリオは待っていましたと言わんばかりにある物を取り出し、彼へ手渡す。

それは横から見た翼の形をした装飾の施された鍵と、鍵穴の付いた少し大きめのブレスレットであった。


「いやだから何だよコレ」

「新装備の試作品♡」

「何!?」

先ほどのめんどくさげな雰囲気から一転、喰いつくスクト。

そんな彼を見て、彼女は続ける。


「おっ、興味出てきた?じゃあテストに付き合ってくんないかな」

「あぁ、そういう事なら構わねぇよ。ったく、回りくどい真似せずに最初からそう言えってんだ……」

水を得た魚のように生き生きとし始める彼の姿を見て、彼女は内心思った。


(もう、鈍いんだからさ……)



「んじゃ、テストを始めるよ」

それから数分後、ラボの地下にある一室。

広い空間の2階からガラス越しに、キュリオがスクトへ言った。


「おう」

彼女の言葉にそう返すスクト。彼の左腕には、先ほど渡されたブレスレットが取り付けられている。


「まずキーを差し込んで、右に回して!」

「こうか」

指示に従い、ブレスレットの穴へキーを差し込むスクト。そして右に回すと、ブレスレットから何やら電子音声が流れ始めた。


「おい、何か鳴ってんぞ」

「いいからいいから、次は下のボタンを叩いて!……あぁあと、掛け声もお願い!」

「ハァ?掛け声?いらねぇだろそんなモン」

「ダメ!あったほうがカッコイイでしょうが!」

「んな理由かよ……じゃあもう、《展開》でいいだろ。なんか開きそうだし」

「もっと捻ってほしかったけど……いいよ。君のセンスに期待した僕が悪かった」

「お前な!……ったく、《展開》!」


若干ぐだつきながらも、掛け声とともに、ボタンを叩くスクト。すると、装飾が中心の蝶番から開き、左右対称の鳥の翼を形作った。

そして――


《Armed on……》


瞬く間に空中へ装甲のような物質が成形、装着され、彼の姿を変えた!

カラスの頭部を模したヘルメットに、ガスマスクを思わせる形状の口部。

装飾の少ないシンプルなデザインの各部アーマーは、金属製のバンドでしっかりと固定されている。

そして左胸に輝く、《レイヴンズ》のシンボルマーク――そう、これこそが彼女の言っていた《新装備》。その名も――


「名付けて、《レイヴンテクター》!どうよ、カッコいいでしょ!」

自信ありげに鼻を鳴らす彼女だったが、


「……お前人に言う割にはネーミングセンスひでぇのな。まんまじゃねぇか」

「えー、そこぉ!?」

スクトの返答に、思わずずっこけていた。


「……とにかく、それは低温や高温、高高度や低酸素下、あらゆる環境で活動できるための装備。もちろん身体能力の強化もできるし、防御性能も市販品で出回ってるどんな鎧に比べて100%……いや1000%増しと言ってもいいね!」

「そいつは盛りすぎじゃねぇか?」

「むぅ、こういうのはフィーリングだよ?ノリが悪いぞー」

「おい研究者」


「まぁ、こいつが使えるってのはわかる。力が湧き出てくるぜ」

「でしょ?それはテスト段階だけど、正式採用できれば隊員の一般装備にする予定だから」


そう二人が話していた、次の瞬間。


「!?」

「え、何事!?」


異常事態を知らせるアラートが、ラボ内に鳴り響いた。

慌てて通信を開き、事態を確認するキュリオ。

スクトもまたテクターを解除し、2階へ駆け上がる。


「……町中で突然民間人が暴徒化し始めただと!?どういうことだ!」

突然の事態に驚き、叫ぶスクト。

居ても立っても居られないと、その場を後にしようとする。


「こうしちゃいられねぇ!コレ借りてくぞ!」

「ちょっと、これはまだ最終調整が済んでないんだ!戦闘なんかすれば君にかかる負担は凄まじいものになる!」

「緊急事態だぞ、今使わなくてどうする!」

「……わかった、でも無茶はしないでおくれよ」

「わーってるよ。壊しゃしねぇって」

そう言って、走り出したスクト。


その背中を見送りながら、彼女は呟いた。


「ちっともわかってないじゃん……」

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