07 月下の戦い

「ふぅ……」

脱出から数分後。結局正面突破することとなってしまったものの、難なく制圧し、一息ついていた。

しかし、先ほどからキュリオさんの様子がおかしい――この人は元々ヘンとは言え――どうも落ち着かない様子で何かを思い出そうとしている。


「うむむ……あ、そうか」


そして、その何かを思い出したようだ。手をポンと叩いたキュリオさんは、俺の服の袖を引っ張る。


「ケイちゃん、ちょっと」

「何ですか……あとケイちゃんって」


「この人たち、どっかで見たことあると思ったらさ……」

俺のツッコミも無視し、話し出すキュリオさんだったが、この後、とんでもない発言が飛び出すこととなる。




「これ皆、行方不明の届けが出てた人たちだよ……」

「!?」


「うん、間違いない。覚えてるもん」

そう言いながら指で頭をトントンとたたくキュリオさん。

同時に、俺の背筋に悪寒が走る。

俺は襲い掛かってきたこの人たちに、平気で武器を振るっていた。

何とか命を奪わずには済んだものの、もし、この人たちを殺めていたら――?

自分のしでかしたことに、震えが止まらなくなる。


「あんまし気にしてたってしょうがないよ。先、急ご」

そんな俺の背中をポンと叩き、キュリオさんは歩き出す。

俺もまた、慌ててその後を追った――



それから程無くして、入口まで来ることができた。ドアを開けると、月が高く昇っている。

しかし、何か妙だ。

あれから一度も、追手の姿を見ていない――こんなにあっさりと、脱出できるものなのか?

そう考えていると――


『危険、危険。防御姿勢を取ってください』

突然、マリスがアラート音とともに警告を発した!咄嗟に盾を生成し、キュリオさんの前に立って構える。


「っ!」

瞬間。強烈な風圧が俺たちを襲った。全力で踏ん張ってこらえるが、かなりきわどかった。


「……誰だ!?」

足音と金属音が、徐々に大きくなってゆく。何者かが近づきつつある証拠だ。


「キュリオさん!先に行っててください!」

「わかった!」

俺はキュリオさんをまず逃がすことにした。そして迫りくる脅威に備え、前を見据える。

すると――


「全く、使えん奴らどもだ……」

全身鎧姿の大男が、そう呟きながら歩いてくるのが見えた。

その手には、俺の身長と同程度――170cmはあろうかという巨大な長刀が握られている。

どことなく戦国武将を思い浮かばせるその鎧は、とてつもない威圧感を放っていた。

男は俺を刃先で指し、言う。


「小僧。命が惜しければ貴様の持つ魔法具を渡せ」

「……嫌だと言ったら?」

「こうするのみよ、ふん!」

そう言うと、男は手のひらから赤い波動を放ち、俺に浴びせる。

が、しかし――


「……?何だ、今の」

何も変化はない。


『先ほどの波動は、一種の洗脳魔法と考えられます』

「洗脳……ってことは、あの人たちはお前が!?」

「それならどうした!」


驚く俺をよそに、男は走り出した。その大きな歩幅故に、一瞬気がそれていた俺は一気に間合いを詰められてしまう。

しまった――そう思った時には遅かった。

「洗脳が効かぬならば、殺して奪うのみ!」

男が長刀を振るう。


「ぐ!」

咄嗟に盾で防いだものの大きく吹き飛ばされてしまった俺は、背中に地面を打ち付ける。

痛みをこらえて立ち上がる俺。

このままじゃいけない。戦わないと――


「……くそっ!」

だが、そんな俺の意思に反し、右手が震え始める。

もし、あの中身が人間だったらどうする?

俺は――人を殺せるのか?

俺がためらっていた、その時だった。


『……解析完了』

マリスが突然、そう言ったのは。

俺は解析モードを起動していない――まさか、自己判断で行動したのか?

しかし気にしている場合でもない。俺は結果を尋ねる。


「何かわかったのか!?」

『はい。あの者から生命反応は感知できません。あれは鎧に魔力を流し、外部操作で操っているだけです』

「じゃあ、つまり――」

『100%の確率で、生命体ではありません』


そうとわかれば、話は別だ。相手がただのラジコンならば――遠慮はいらない。

うって変わって、やる気が湧き出てくる。


「なら、遠慮なくやってもいいってわけだな……!」

『はい』

「笑止!小童が大口を叩くでないわ!」


そう言って、再び長刀を振るう鎧の怪物。凄まじい風圧が俺に迫りくるが――


『上段、回避してください』

マリスのナビゲートにより、今度はそれを難なく回避する。

そして今度は逆に――

「この野郎、お返しだ!」


「ぐぅ……!?」

《生成》で作り出したショットガンを腹へ押し当て、打ち出した。当然かなりの反動が俺を襲うも、それ以上に相手へダメージを与えられたようだ。

2、3歩後ずさると、うめき声を漏らして膝をつく男。不意打ちで放たれた一撃が、よほど効いたらしい。


「どうした?もう終わりか!?図体の割には大したことないんだな」

「ぬかせ!」

俺の煽りに反応し、男が縦に刃を振るう。

だが、その先に俺はいない。俺は素早く奴の股下をスライディングで潜り抜け、背後を取った。


そして手元に大型のハンマーを生成し、大きく振りかぶると――


「喰らえぇっ!」

勢いよく奴の背中へたたき込んだ!

よろめいた背中の鎧が割れ、紅い霧のようなものが漏れ出し始める。


「お、おのれ……」


『マスター、あの霧より魔力反応を検知。鎧を完全に破壊すれば、行動停止に追い込めます』

「よし!」


奴が膝をついているその隙に、俺は《火球》を発動。奴のひび割れめがけて集中砲火を始める。


「ぐおぉぉ……」

絶え間ない攻撃を受け続け、苦悶の声を漏らす男。そして――


「これで……最後だぁ!」

俺は一気に近づき、もう一度ハンマーを振り下ろした。その一撃により、ついに――


「ぬおぉぉぉーーっ!」

奴の鎧が、完全に砕け散った!コントロールを失い、只の鎧となって地面に散らばってゆく各部位。

それを動かしていた魔力の霧もまた、空へと四散してゆく。


「ぐうぅ……これで終わったと、思うなよ……!」


何とまぁ、ありがちな捨て台詞を残して――


そして完全にそれが消え去ったのを確認し、俺は思わずガッツポーズを取って、


「よっしゃあー!」


高らかに、そう叫んだ――


これで、ひとまず攫われていた人たちは助け出せるだろう。

あの子の父親も操られていただけだというのなら、取り越し苦労だったようだ。

俺は一気に緊張が解け、その場へへたり込む。

そんな俺を見て――


「いやぁ~、凄かったねケイちゃん!いいデータ、取らせてもらったよ」

駆け寄ってきたキュリオさんが、何とも嬉しそうに目を輝かせていた。


「はは、そっすか……」

そんなこの人の様子に呆れつつ、俺は月を眺めていた――



「……」

「どうした」


その頃、レイヴンズ屯所では。寂しげな顔で壁にもたれかかり、窓の外から月を見つめる少女の姿があった。

それを見つけたスクトは放っておけず、声をかける。

彼の人相から一瞬警戒するも、すぐに少女は口を開く。


「寂しいの」

「……そうか」

彼はそうとだけ言うと、どかりと彼女の横へ座り込む。


「……親がいなくなるってのは、辛いよな」

しばしの沈黙を破り、語り出す彼。

何も言わず、頷く少女。その眼には、涙があふれ出ていた。


「泣きたいときは泣いとけ。子供の特権だ」

スクトの言葉に、感情の堤防はついに決壊。少女は大声で泣き出すと、彼の背中に抱き着いた。

そしてしばらくして――


「寝たか」

泣き疲れたのか、彼女はそのまま寝息を立てていた。

そんな彼女を、スクトはおぶって歩き出す。









しかし、彼は気づいていなかった。

自身の背にいる少女の瞳が一瞬妖しく、紅く輝いていたことに――

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