01 私はマリス

さて、異世界転生したのはいいけれど――これから、どうしようか?

俺はとりあえず、ポケットの中を探る。響きはよく感じないが、やっぱり世の中、金だ。

金がなければ話にならない。

けれど……


「マジかぁ……」


その望みは、あっけなく砕かれた。出てくるのは適当に突っ込んだレシートや、自転車の鍵……今となっては意味もないガラクタと、後はあの時もらったスマートフォン。

けど……なぜか起動しない。まさか、充電切れ?

俺は頭を抱えつつ、とぼとぼ歩きだす。早速、野宿コースかよ、と――


「全く、神の使いってのもケチだなぁ、最低限の金位用意してくれたって……」


愚痴をブツブツとこぼしながら、街を散策し始める。

道行く人が不思議そうに見つめる中、俺はただ一人、先行きを案じていた――そんな時だった。


「ん?」

近くで、何やら騒ぐ声が聞こえたのだ。どうやら、正面の広場かららしい。見ると、既に人だかりができていた。

気になった俺はそこへと近づき、人の間からそれを見た。


「動くなぁ!動けばコイツの命はないぞ!」

ナイフを光らせ、叫ぶ男。そのもう片方の腕は、美麗な装飾が施された服装の少女の首に回されている。

男と俺との間には、黒服の男が一人――見た感じ、あの子の使用人か何かだろうか?

彼は額から汗を流し、ジッとナイフの男を見据えている。


「お嬢様を離せ……!」

「なら、その中の物を渡せ!」

「ぐ……」

「ダメですセバス、それを渡してはなりません!」

「ですが……」


どうやら、一刻を争う事態らしいことが呑み込めた。けど、俺にどうにかできる問題ではなさそうだ――けど、見捨てたくはない。

いったい、どうすれば?

あれこれ悩んでいた、その時だった。


「おい、そこのガキにケースを渡してこっちへ寄越せ……この娘と交換してやる」

「え……俺?」


二人の男と、周囲の野次馬の視線が、一気に俺へと集まったのは。

あまりに突拍子もない出来事に、困惑する俺。


「関係のないものを巻き込めるわけがないだろう!」

「なら、お嬢様の命は無いぜ?」

「うぅ……」

その返答に、男は再びナイフを少女の喉元へとあてがう。

恐怖に目をつぶるその姿に、俺の足が――勝手に動いた。


「俺……行きます」

「しかし……」

俺は黒服の人の前へと出て、そう言った。

「こんなこと、見捨てておけないでしょう?さ、早く」

「……すまない」

男は目を固く閉じながら、歯を食いしばって俺にケースを手渡す。

その手からは、震えと緊張が伝わった。連動して、俺の心臓の鼓動も高鳴った。

もしかしたら、また死ぬのかもしれない――と。

けれど、あの娘が助かるのなら……それも悪くない。

俺は唾を飲み、歩を進めた。


「よしよし……それでいい。それで……」

俺が近づくと、男は徐々に少女の拘束を緩めてゆき、同時にナイフを下へと下げ始める。


「きゃあっ」

そして俺が正面に立った瞬間、少女を突き飛ばすように解放した。

そして空いた手にケースを握ると、言った。


「フフ、ご苦労……」

その時だった。


『敵意を感知しました、後方へ退避してください』

俺の頭の中に、機械的な女性の声がしたのは――俺はその言葉に従い、跳ねるように後ずさる。

すると――


「チッ、惜しい」

ナイフを突き出す構えを取った男の姿が、そこにはあった。

咄嗟に躱せていなければ、あのまま刺されていたところだった――汗が俺の額をつたう。


『危ないところでしたね』

(君は、一体?)

再び、俺の頭の中で声がした。戸惑いつつも、返してみる。

『私は人工知能、『マリス』と申します。貴方を助けることが、私の役目です……マスター』

人工知能?いったいどこに、そんなものが……?

ふと、俺は思い出す。『神の使い』の言葉を――


《困ったことがあれば、そのスマートフォンを頼るといい》


「そういう事か……」

ポケットから取り出したスマートフォンを見て、呟く俺。

その画面には、いつの間にやら明かりが灯っていた。


『マスター、右方向、攻撃が来ます』

「!」


再び響いた言葉に、俺は身をかがめる。上を向くと、そこにはナイフを右から左へ振り切った男の姿。


『次撃、左斜め上方向です』

『右方向、正面、右斜め上……』

言葉に従い、俺は次々に襲い来る凶刃を躱し続ける。

次第に男が息を切らし、攻撃の手が止まった。


(すげぇ……すげぇよマリス!)

『まだです、男から高熱源反応をキャッチしました』

興奮を隠しきれずにいる俺を、マリスが諫める。見ると――男の右手のひらは真っ赤な光に染まっていた。


「だったら、燃え尽きろぉ!」

男の叫びと同時に、野次馬が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

彼らには、これから何が起こるのかが分かったらしい。


『来ます、しゃがんでください』

「うぉ!」


俺が身をかがめた次の瞬間、空気が熱せられるのを感じた。まさか――魔法!?


「ちぃ、ちょこまかと……!」

苦々し気に吐き捨てる男。その手は再び、光に包まれつつある。


(マリス、どうすればいい!?)

『《学習ラーニング》モードを起動してください』

(ラーニング?どうやって)

『《ヘイ、マリス》、と言ってください』


なんだか訳がわからないが、今は藁にも縋る気持ちだ。一か八か、やるしかない!


「ヘイ、マリス!ラーニングモード起動!」

『かしこまりました。ラーニングを開始します』


「何をしようとしてるが知らねぇが!」


瞬間、男が再び魔法を放った!迫りくる火球に、俺は――


『私をあの火球へかざしてください』

「うおぉぉぉ!」


スマートフォンの画面をかざした!すると――


「マジかよ……」

何と、液晶から放たれた光が火球を包み込み、0と1のデータ粒子にして吸収しているではないか。

そして光が収まると、マリスの声がした。


『ラーニング完了……スキル、《火球ファイアーボール》を取得』

取得って、まさか――


『マスター、スキルの発動を』

「……わかった!ヘイ、マリス!《火球》を発動!」

『かしこまりました。《火球》を発動します』


すると、今度は俺の左手が熱と光を帯び始めた。あの男と同じ現象だ。

俺は手をかざし、勢い任せにそれを放った。

そして、男が再び打ち出していた火球とぶつかり合い――爆発を起こした!


「ぐぅ、ううっ……」

その衝撃に、男がたまらず投げ出される。ケースが手から離れ、地面を滑ってゆく。

男は必死にそれへと手を伸ばす。が――


「ち、畜生……う!」


「そこまでだ」

突如として聞こえた声に、言葉を詰まらせる。

煙が晴れ、そこに姿を現したのは――


「《レイヴンズ》だ。大人しく投降しろ」

カラスを模したエンブレムが施された、特殊部隊のジャケットのような服装に身を包んだ若い男だった。

自身に突き付けられた銃口に打つ手を無くし、ただただ唸るナイフの男。

後からやってきた仲間らしき別の人物が男を捉え、連れてゆく。

そして彼はそれを見届け、言った――


「お前もだ」

「へ?」


こうして俺もまた腕を引かれ、強引に何処かへと連れられてゆく。

果たして、俺の異世界生活はどうなるのだろうか――?

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