第25話 皆さんのおかげです

「デイドリッヒ王子、千個のポーションとなると今日の納品には間に合わないかと……」

「それならば、相応の報いを受けさせるまでだ」


 騎士団の遠征には様々な物資が必要になる。そのうちの一つがポーションだが、今回はレイリィとかいう小娘に依頼していた。

 兄上が連れてきた無名の錬金術師は今、王都の外れの森にてアトリエを構えているようだ。

 あれだけの無礼に対してたった数日の投獄で済ませて釈放など、父上や兄上が認めても私が許さない。


「あれだけの大口を叩いたのだ。出来ませんなどと抜かせば、即国外に叩き出してやる」

「一人の錬金術師で千個は不可能でしょう」

「騎士団長、遠征は一週間後だろう? 私も不可能だと思ったからこそ、納品日を今日に定めたのだ」

「なるほど。それではすでに当てがあると……」

「当然だ。軍事に関してはこの私が取り仕切っているのだからな。その程度は計算済みだ」


 騎士団、魔術師団を含めた指揮は他の誰にも譲るわけにはいかない。

 国防は国のかなめだ。ここを失くして国の平和や安全は成り立たないと言い切ってもいい。

 そして目を配らなければいけないのは国外だけではないのだ。


「兄上が余計な問題を持ち込まなければ、こんな真似をせずに済んだ。そもそも、あの兄上が一体どうしたというのか……」

「あまり他人には感心を示さないお方だと思っていたので意外でしたね……」

「そうだ。あの人は身内である私にすら興味がない。冷めた態度で、すべてを愚弄するかのようなあの視線……だが」


 そんな兄上の能力を認めているのも事実だ。私は何一つ、兄上に勝てた試しがない。

 学問、剣術、ありとあらゆる分野でただの一つも王族や家臣の関心を兄上以上に集められなかった。


――さすがはデイドリッヒ王子! アルベール様に次いで素晴らしい成績です!


「何をどうしても……」


――上達されましたな! すぐにアルベール王子に追いつくでしょう!


「兄上の影がちらつくッ!」


 握り拳のやり場を壁に定めた。騎士団とはいえ、剣術で私と張り合える者は少ない。王族という立場も相まって、萎縮させるには十分だった。


「デ、デイドリッヒ王子……」

「三日以内とは言ったが、ギリギリでは話にならない。よし、さっそく……」


「あ、あれは!」


 詰め所の外で待機していた騎士が、向かってくる荷台車を発見した。なんだ、あれは? 何台ある?

 近づくにつれて、より詳細が明らかになった。荷台車を先導しているのは、あの錬金術師の小娘だ。


「お待たせしましたー! 注文いただいたポーション、納品しに来ました!」

「なっ……! ウソだろう!」

「どうされましたか?」

「いや……」


 小娘が小首を傾げる。荷台車を引いているのは見知らぬ男達だ。あのガキになぜこんな人脈がある?

 身なりからして平民で、しかも薄汚い。そんな連中が荷台の縄を解いている。


「あなたが騎士団長ですか? こちらで詰め所内に運びますか?」

「いや、こちらでやる。ご苦労だった。それにしても、よく三日で千個も作れたものだな」

「大変でしたけど、手伝っていただいた方々のおかげで何とかなりました」

「そちらの者達はどこで?」

「俗に貧民街と呼ばれている場所に住む方々です。ものすごく優秀な方々で驚きました。もし人手が欲しいのならば一度、スカウトに訪れてみては?」

「うーむ……。そうか、そうか」


 腕を組んで騎士団長が考え込んでいる。

 貧民街の連中がここまで有能なはずがない。そうであれば貧民に落ちるなどあり得ないからだ。よく結果は環境に依存するなどとほざく連中がいるが、見当違いも甚だしい。

 環境に左右される程度であれば能無しだ。能あるならば環境などいくらでも脱せる。奴らが貧民に落ちたのは、なるべくしてなった結果なのだ。


「いやいや、レイリィちゃん。そりゃ昔は騎士団に憧れたが、分不相応だとこの歳になってわかったよ」

「そうでしょうか。私は皆さんがそんなに劣る方々とは思えません。たまたま機会に恵まれなかっただけです」


「甘い事を! 貧困など弱者の象徴だろうが!」


 眠たいことをほざく小娘に詰め寄る。見下ろせるほど小さい。こんなガキが、あの貧乏人どもを従えたわけか。なるほど、知恵は働くようだ。


「貧困は弱者の象徴、ですか。そうとは思えません」

「調子づくんじゃないぞ、小娘。誰に向かって意見している」

「すみません」

「環境に甘えて何一つ改善しようとしない。仕方ないと割り切ったのがあいつらだ。たまたま貴様が飼ってやったから、そこそこ役に立っただけにすぎん」

「飼って……やった?」


 その途端、次の言葉が出なかった。体が冷えた感覚さえする。

 私を見上げる小娘の瞳に何か底知れないものが宿っているような。なんだ、これは。


「彼らは協力者です。至らない私を支えて下さった方々です。訂正して下さい」

「な、何を……。なぜ、この王子である私が……」

「あなたが私をよく思っていないのは承知しております。それは仕方のない事です。ですが、だからといって屈するつもりはありません」

「誰に、口を利いて、いるのだ!」

「訂正も出来ないようなので、もう結構です。それとこれはアルベール王子も認めて下さっていますが、自分の技術の価値は自分で決めます。今後、依頼なさる場合はその辺りを踏まえていただきたいです」


「お、王子!」


 詰め所の壁によりかかるのが精一杯だった。あんな低身長のチビに、王族たる私が気圧された?

 なんだ、あいつは。錬金術師というが、そもそも等級は? 出身は?


「皆さん、今日までお疲れ様でした。後ほど給料を支払いますので、アトリエまでお付き合い下さい」


 貧民どもを引き連れて去る小さな少女。異様な光景として、瞼に焼き付いてしまった。

 この私が。こんな。調べる必要がある。あのガキは何者だ?

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