第20話 母親というもの
貧民街のルルアの家には私とアルベール王子の他にリシェナさんがいる。ルルアがお母さんの傍らにいて、いよいよ特効薬を試す時が来た。
『分析』の結果では特効薬になるはず。だけど、まずお母さんの了承を得なきゃ。
「こちら、魔禍病の特効薬です。信じてもらえないかもしれませんが、もしよろしければ飲んでくれませんか。一日三回、それぞれ一口だけでいいんです」
「これが特効薬……?」
「お母さん、レイリィさんはとってもすごい錬金術師なんだよ。呪いだってどうにかしちゃうんだから」
娘が懇願するも、やっぱり躊躇している。当然だ。
私がお母さんの立場ならまず飲まない。シャニルさんみたいな社会的立場がある人ならまだしも、私には何の信用もない。
それは隣に王子様がいても変わらなかった。
「あの、王子様。こちらの方には家の中を修繕していただきました。更には大浴場を作っていただいたみたいでとても感謝しています……。ですが、これについてはもう少し考えさせて下さい」
「僕に許可を取る必要はない。ただこちらのレイリィはあなたのために何日もかけて、試行錯誤を重ねた。その気持ちだけはわかってやってくれ」
「まぁ……」
「レイリィに対して信用がないというのはわかる。だから今回はこちらの宮廷錬金術師リシェナを呼んだ」
リシェナさんが無言でお辞儀をする。きちんと免許証を提示するという私には出来ない芸当をやってくれた。
「私の『分析』でも、レイリィさんが作った特効薬は本物という結果が出ました。ハッキリ言って悔しいですし嫉妬もしてます」
「あの、リシェナさん。レイリィさんを信用していないわけじゃないんです。ただ……やっぱり怖いというか……」
「わかります。未知の薬ですからね。しかもお母さんが服用者の第一号です。私には一級錬金術師という立場でしか保証できません。後は……ルルアさん」
「私?」
最終的に背中を押してあげられるのは娘のルルアちゃんしかいない。そこで私は思いついた。
「ルルアちゃん、これあげる」
「わ、私に?」
「うん。好きに使っていいよ」
「……あ」
私の意図を察したのか、ルルアちゃんが瓶とお母さんを見比べる。そして瓶をお母さんに差し出した。
「お母さん。これは私からのプレゼントだよ」
「プレゼント?」
「お母さんによくなってほしいと思ってプレゼントするの」
「ルルア……」
娘からのプレゼントというクッションを置けば、抵抗もなくなる可能性がある。ここからはルルアちゃんの仕事だ。
「お母さんが働いていた頃、朝から夜遅くまで頑張ってくれてた。嫌な顔もしないで、やりたい事もやらないで……。
だからね、レイライン家で使用人を始めた時は不安もあったけど嬉しかったの。これで少しはお母さんに恩返しできるって」
「ルルア……」
「そんなにお金ないから、プレゼントなんて出来ないけど……。それでも今はこれを渡したいの。私の精一杯の気持ちです」
「ルルア、ごめん……ごめんね。あなたにそこまでさせるつもりなんてなかった」
お母さんが涙を流す。瓶を見つめた後、口をつける。一口だけ飲んでくれた。
これには私もドキドキする。副作用なんかない。これはルルアのお母さんの魔力を優しいものに変えるだけ。
普通の薬と違って、そんなに時間がかからずに効果が出るはずだ。
「あら……」
お母さんが胸に手を当てて、不思議そうにしている。自分の体を確認するかのように見回した。
「ちょっと楽になった? 気のせいではないと思うのだけど……」
「お母さんが放つ魔力の質が変わったんです。一気には変わらないので、今はまだその程度の効果しかありません」
「そうね。起き上がるにはきついけど、なんというの? こう、気だるさがなくなったかもしれないわ」
「魔力がお母さんに適応しようとしている証拠です」
そこまで説明した後、なんとお母さんが立ち上がろうとしていた。まだつらそうだから無理はしないでほしい。
ルルアも止めようとしていたけど結局、無理に立ってしまった。
「お母さん、まだ無理しなくていいから!」
「今だけは、今だけは無理をさせて。だって、ルルアのプレゼントですもの。我慢できなくて……」
お母さんがルルアを抱きしめた。長い間、こんな事も出来なかったのかな。
私のお母さんは私が生まれてすぐに事故で死んじゃったらしい。だから正直に言うとルルアが羨ましかった。
「レイリィさん、ありがとうございます……。こんなにすごい薬なのに私、なかなか飲めなくて……。お代は一生かけてお支払いします」
「いえ、今回はアルベール王子の依頼なので気にしなくていいですよ。たくさんいただけると思いますし。たくさん」
「それでも何だか悪いです……。いつかお礼をさせて下さい」
「お気持ちだけ受け取っておきます。まだ完治したわけじゃないので、今は体を休めて下さい」
本当に今回はたくさん貰わないと割に合わない。このお母さんの事だから元気になったら働き出しそうだけど、私が求める報酬額となると一生かかっても無理だ。
だからお気持ちだけ受け取っておきたい。
「レイリィ、君への報酬は心配しなくていい。何せ君は偉業を成し遂げたんだからな。納得する額は用意しよう」
「いえいえ、そんな……。まるで私ががめつい人間みたいじゃないですか」
「報酬がほしくてたまらないその気持ちに答えたい。君の報酬に対する熱意はここにいる誰よりも僕が知ってるからな」
「わざと強調してません?」
なんて意地悪い王子様。私は技術や成果に対する正当な報酬がほしいだけで、お金にうるさいわけじゃない。
どこか勝ち誇ったような目つきが憎らしかった。
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