第19話 魔禍病の特効薬を作ろう 3

 使用素材を並べてみる。超魔水エリクサー、バクレツアップル、ティアートリュフ、クロヘルムの根。

 これらには毒が含まれている。それも生半可じゃない。

 バクレツアップルはリンゴとすごく似ているけど、食べたら口や体内が爆発したかのような感覚に襲われる。その痛みだけでショック死するほどだ。

 ティアートリュフは食べると気分が沈んで涙が止まらなくなる。クロヘルムの根は猛毒で、香りを嗅いだだけで死ぬほどだから取り扱い注意だ。厳重に包まれたそれを私も慎重に扱う。

 素材を届けてくれた王子様の顔がどこかやつれていた。


「無理を言ってすみません」

「僕は君に賭けたんだ。成功してもらわないと割に合わない」

「はい。お疲れみたいですので、あちらの寝室で休んで下さい」

「ぼ、僕が、君の寝室に! そんな女性だったのか!」

「いいから、どうぞ」

「ちょ、待て! おい!」


 王子様の背中を押して無理矢理ベッドで寝かせてから、いよいよ実験開始だ。

 素材のすべてが毒物。毒はその性質で人体に害を与えるけど、裏を返せば強い力があるという事。利用しない手はない。


「バクレツアップルは神経を狂わせる性質があって……」


 もちろん毒そのものを使うわけじゃない。

 まずはバクレツアップルとクロヘルムの根の毒の成分を『抽出』で取り出す。それぞれ神経と臓器に悪影響を及ぼす毒だ。

 ティアートリュフの毒は脳の一部分を弱らせる。それぞれを超魔水エリクサーとの『配合』した上で『変換』するプランだった。


「まずは超魔水エリクサーの強すぎる成分と毒をぶつけて中和させる。脳、神経、臓器のそれぞれに悪い影響を及ぼすマイナスと魔力にいい影響を与える超魔水エリクサーのプラスをぶつけるんだ」


 あとは『変換』で大変化を起こす。我ながらとんでもない発想だと思う。こんなの誰が認めるのかな。

 いや、お父さんが言うような一流の錬金術師なら見守ってくれるはず。


「変換ッ!」


 呪いだって変換できたんだから! 毒くらい!


名前:活性剤A

効果:視神経を安定させる。


「よし!」


名前:活性剤B

効果:臓器を保護する。


「よすぎる!」


名前:活性剤C

効果:脳の活動を活発化させる。


「よすぎたぁぁぁ!」


 いい分析結果で小躍りどころかジャンプしちゃった。ご近所がいない環境でよかった。


「でも安心するのはまだまだ! これを更に『配合』と『変換』で仕上げなきゃいけないんだから!」


 特にもっとも難易度が高い『変換』が肝だ。これ次第でまったく違うものになる。

 深呼吸をしてから、ゆっくりと中和剤を『変換』した。


――『変換』の可能性は無限大! まるでお前みたいだな!


――私がー?


――そこら辺の雑草をむしって素材にしようってんだからな! ハハッ!


――笑ったー! いいもん! 次はいい素材つかうもん!


 活性剤同士が一つになり、水球になって両手の間に浮かぶ。


――いや、それでいいんだ。雑草だって未知の可能性がある。


――そーかな?


「そう、素材を活かすのが一流の仕事……」


――そこらの連中が見落としていた思わぬ効果が発見されるかもしれないんだ。


 ありふれた素材だからといって軽視しない。毒だからといって人体に向かないとは限らない。

 呪いが人を不幸にするなら幸せにする何かに変えればいい。


――レイリィ、お前はでっかくなるぜ!


「でっかくなる!」


 中和剤が最後の変化を遂げる。水球がゆっくりと容器に落ちた後、水と見間違うほどの透明の液体になった。

 これを今から分析しなきゃいけない。覚悟を決めよう。


「分析ッ!」


名前:魔禍病の特効薬(完成)

効果:魔力の質を変化させて、患者の体内活動を活性化させる。一日数回、適量の摂取により完治が見込める。


 思わず床にへたり込んでしまった。手が震えて動かせない。

 私の分析が、私自身がそう結論を導き出したんだ。分析は使用者を上回る情報や答えを導き出せない。

 つまり私の見解が間違っていれば、これも当てにならないという事になる。


「きっと大丈夫……いや、絶対に大丈夫!」


 自分が信じてやらなくてどうする。私はあのお父さんの娘だ。

 無名だったかもしれないけど、あの人以上の錬金術師なんて見た事ない。


「お父さん……。私、やれたかな?」


 天井に向かって呟く。誰も答えてはくれないけど――


「やったな」

「お、王子様!」

「あれだけ騒いでたら眠れるわけないだろ。おっと、謝るなよ。それより完成したのか?」

「はい、たぶん……」


 王子様が答えてくれた。よろよろと立ち上がって、容器に入った特効薬をビンに移す。

 その途端、力が抜けて倒れそうになった。


「おっと! 危ない!」

「すみません、なんだか疲れが出たみたいで……」


 支えてくれた王子様だけど、ハッとなって離れた。いつものアレかな。


「触れてはいない! 触れてはいないんだぞ! 服の上からだからな!」

「そうですね」


 狼狽する王子様には悪いけど、少しだけ休ませてもらおう。今はただ眠い。

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