第21話 ブラックギルド、亀裂が入る

「ゲリッツ、まだあの時計の修理が終わらんのかね。依頼主が催促してきたぞ」

「申し訳ございません! やや難航しておりまして……」


 連日、古びた時計をいじくり回していた。もう何度、『分解』と『分析』を交互に繰り返したか。

 組み方には何の問題もない。劣化した部品を取り換えてみたが、結果は変わらなかった。そう、この時計が鳴るのだ。


「なぜ音が鳴る……」

「フンッ! そんな時計も直せないとは、二級が聞いて呆れる! 返品の数も多すぎるのだよ! 聞いているのかね!」

「すみません……。今日中には何とか終わらせます」

「聞き飽きた! こうなったら君の推薦を考え直さねばならんようだな!」


 一級への推薦が立ち消える。それは私にとって恐怖だった。

 両親は私が一級となって宮廷魔術師の道へ進むものだと思っている。やって当然、結果が出て当然。そんな家風で、出来ないの文字はない。

 支部長が工房から出ていってから時間を確認すると、深夜の零時を回ろうとしていた。

 いつもは夕刻には帰るというのに、あの支部長もずいぶんと追い込まれている様子だ。


「ハッ! まずい! もうすぐ零時……」


 古時計から零時を知らせる鈍い音が鳴る。分解中で作動するはずなどないのに、いつもこうだ。

 薄々気づいていた。この古時計は普通ではない。あの依頼人、確かこの時計を生前の祖父が大切にしていたとか抜かしていたか。


「なぜいつも零時に鳴るのだ。えぇ、オイ?」


 音が鳴る以外は普通の古時計だ。こいつには何かある。癪だがエクソシストギルドに持っていくしかない。

 あの小娘を認めるようで気が進まないが、今回だけは特別だ。

 分解していた部品をまとめて、もう一度組み立てようとした。


「『修繕』……」


 部品がうまく組み合わない。歯車が一つ、どうしてもはまらないのだ。

 手で直接、組み込もうとしてもなぜか合わなかった。


「何なんだこれは! コラァ!」


 腹が立って無理に押し込もうとした時、歯車がずれて飛んできた。


「ぐあぁぁぁ!」


 額に直撃して出血して、布で抑える。私の血がついた歯車が床に転がり落ちた。

 なんだ、今のは。これが目に当たっていたら大変な事になっていた。手を伸ばして歯車を拾おうとした時、古時計が揺れる。


「うおっ!」


 カタカタと揺れる古時計をしばらく見守っていると、動かなくなる。

 誰もいない深夜の工房にて、肌寒さを感じてしまった。古時計に触れるのも気が引けるので、今日のところは帰ろう。

 明日、エクソシストギルドに持っていけばいい。


                * * *


「君ィ、その時計をどこへ持っていこうというのかね?」

「あ、その……」


 早朝、持ち出そうとしたが支部長に見つかってしまった。いつもは昼前に出勤してくるのに、なぜ今日に限って早いのだ。


「まさか手に負えなくて、どこかに捨ててこようと考えているのかね?」

「いえ、これは呪われています。昨夜も妙な現象が起きまして……。エクソシストギルドに依頼しようかと」

「馬鹿かね、君は! そんな事をすれば笑い物になるだろうに!」

「ですが、これは普通の時計ではありません!」

「まさか君まで、あの小娘に影響されたわけじゃあるまい!」


 レイリィの事だ。呪われたクイーンルビーを誰よりも早く見抜いたあの小娘を、私は今になって認めていた。

 しかし錬金術師としては私が上に決まってる。そんな胸中が表情に出てしまっていたのか、支部長の怒りが加速した。


「なんだ、その顔は! それを持っていくのは許さん! どうしてもというのならば、君の処遇を考える必要があるな!」

「そ、それだけは!」

「一級への推薦どころか、この醜態を本部に報告して君の免許について考え直してもらわねばならん!」

「そんな横暴な! 私がどれだけギルドに尽くしたか、おわかりでしょう!」

「そんな様でよく尽くしたなどと言えるな! 下級貴族の分際で!」

「なっ……」


 言葉が出なかった。この男とて、大した出身ではないだろうに。

 そろそろ我慢の限界だ。昼に出勤してはデスクで適当に書類に目を通すだけ。

 思い出したように工房に来て怒鳴り散らして、夕刻には帰る。挙句の果てには、二級の私がどれだけギルドに貢献したかも理解できないのか。


「嫌ならとっととそれを持って中に戻るのだな!」

「……戻りません。支部長、一ついいですか。もしこれを私が直せたら、一級への推薦をお願いします」

「何を言い出すかと思えば……」

「いいから答えろ」

「う……!」


 支部長が怯む。もうなりふり構っていられない。古時計を担いだまま、私は支部を出た。

 追いかけてきた支部長が私の肩を強く掴む。


「君ィ! 何を考えているのかね! おい!」

「安心して下さい。エクソシストギルドには行きません」

「ではどこへ行こうというのかね!」

「少しの間だけ出かけます。それでですね、支部長。もしこの古時計を直せたら……」


 支部長の胸倉を掴むと、小さく悲鳴を上げる。


「まずは支部長の座を明け渡してもらうぞ。口先だけの無能が」


 そう吐き捨てた後、私は街へと消えた。どこを目指すか、あの男には想像もつくまい。

 私はこれから、あの小娘を探す。そしてこの古時計の謎を解明してもらう。錬金術師の手でどうにかしたのならば同じ事だ。私の手柄にしてしまえばいい。 

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