第17話 魔禍病の特効薬を作ろう 1

 アトリエに籠ってさっそく研究を開始した。リシェナさんから超魔水エリクサーを貰えた事だし、あとは試行錯誤あるのみ。

 ベースになってるのは先人達が開発した魔禍病の薬だ。


「素材を見直そう」


 魔力を鎮める効果があるレフの葉。魔術に耐性があるグレイトタートルのエキスなど。

 他にも徹底して魔力をアンチしてるけど、これだと確かに延命にしかならない。あと一つ、何かが足りないと思う。


「風邪薬には解熱効果があるけど、熱はそもそも体内の菌を死滅させようとして体温をあげてるわけで……」


 本来、体が持つ機能を阻害したくない。あまりに苦しいのは考えものだから解熱剤は否定しないけど、私はその先を目指す。


「菌にも善玉と悪玉があって、悪さしているものをピンポイントに除去しなきゃいけない。つまりー?」


 頭を何度も捻って考えをまとめようとする。ウイルスはともかくとして、魔禍病は魔力と体がかみ合ってないから起こる奇病だ。

 治癒魔術は魔力によって傷を癒やせるわけだから、魔力が体にいい方向へ作用してる。だから、この辺のバランスを取ればいい。

 ルルアのお母さんの様子を見せてもらったけど、あの人の場合は体質に問題があった。


「魔力というのは本来、人体をいい方向へ保つ為にも作用してる。ルルアのお母さんは早い話、体が弱すぎるんだよね。

つまり治癒魔術みたいに、ルルアのお母さんの魔力が体を助けてやるようにすればいいんだ。うん、やっぱり超魔水エリクサーは必要だね」


 ひとり言は思考が捗る。先人達は魔力を抑えてばかりだったから、逆に弱い体の助けを減らしていた。

 私の体だって魔力が一切なくなったら一気に衰弱すると思う。魔術の使い過ぎで気分が悪くなる魔力酔いなんかもその一つだ。


「よし、ルルアのお母さんの体を助ける魔力にしよう!」


 そう意気込んで、実験に取り掛かった。新薬の開発、私には荷が重いかもしれない。でも私は錬金術の可能性を信じている。

 魔力が尽きるまで、ひたすら錬金術を駆使して試作品を開発した。


                * * *


 試作品を『分析』してみると――


名前:魔禍病の治療薬(仮)

効果:魔禍病による症状を和らげる。ただし、副作用として魔力の放出が止まらなくなる。


「ダメじゃん!!!!」


 なんでこんな本末転倒なものが出来ちゃったの。そもそも超魔水エリクサーがじゃじゃ馬すぎる。

 これを開発した人は天才なんじゃないのかな。天才です。


「魔力に対する認識が甘かったかな。超魔水エリクサーだって無限にあるわけじゃないし、これの下位互換を作って実験用にしよう」


 素材もほとんど代用品ですべてが劣化だ。下位互換どころか似ても似つかない代物が出来上がったけど仕方ない。

 これで手ごたえを感じたら、本物を使う事にした。


                * * *


名前:魔禍病の治療薬(仮)

効果:魔禍病による症状を和らげる。ただし、副作用として魔力が爆発する。


「待って」


 私は決して毒物を作ってるんじゃない。自分の技量不足が憎い。なんて腐っても何も始まらないか。

 ここは一つ、有識者にお話を伺うしかない。というわけで――


                * * *


 訪れたのは王都の治癒師ギルド兼治療院だ。私なんかが相手にされるのかな。

 いやいや、ここはしがみついてでも誠意を見せるしかない。お忙しいところ、すみません。


「おや、君は?」

「はい?」


 受け付けに向かおうとしたところで、一人の治癒師に呼び止められた。

 私を知ってるみたいだけど思い当たらない。いや、この人は確か――


「君はもしかして、あの呪いの指輪の解呪をした錬金術師かい?」

「あ! あの時の治癒師の方ですか?」

「よかった、ずっと会いたかったんだよ。君の話をしたら、治療院内が盛り上がってね。あ、すまない……もしかして診察希望かい?」

「いえ、実は……」


 今まで誰も開発に成功した事がない魔禍病の治療薬を作ろうなんて、笑われても不思議じゃない。

 だけど、この人はすごく真剣な顔をして聞いてくれた。腕を組んで俯き、考え込んでいる。


「プロの治癒師として賛同してはいけないけど、個人的には面白い発想だね。それで治癒魔術について話せばいいのかい?」

「はい。仕組みとか魔力の流れとか……」

「それを講義するとなれば、明日の朝になっても終わらない。君が知りたがってる事を質問してくれたら答えるよ」

「十分ありがたいです。あ、でもお時間は平気ですか?」

「今から休憩に行くところだったから、ちょうどいいよ」

「お忙しいところ、どうもすみません。それではですね……」


 この人に思いつく限りの質問をした。時間が制限されているから、無駄な質問は出来ない。

 魔力の種類、流れ、治癒魔術の基礎。対象者の体質との関わり。治癒師じゃない私にもなるべく理解できるように、この人はすごく丁寧に説明してくれた。


「……以上だけど、わかったかな?」

「はい。要するに治癒魔術の際には魔力の質を変えてやればいいんですね。この辺は錬金術と似てます」

「そうだね。魔力はそのままだと毒になりかねない。攻撃魔術だって魔力を変換して放つ。それと同じさ」

「後は患者の体質を見て、少しずついじってやれば……」


 単に治癒魔術の真似事をすればいいわけじゃなかった。治癒魔術として魔力を料理してやらなきゃいけない。

 その上でルルアのお母さんの体質に合わせて、魔力を変換してやればいい。

 今までの私は言ってみればポータジュのスープのまま、魚を煮込もうとしていたんだ。


「つまり……こうして、ああして……」

「レイリィちゃん?」

「ハッ! あ、すみません」

「いや……」


 怪訝な顔で見られた。集中しすぎて変に思われたかもしれない。


「私は一級治癒師のシャニル。この治療院の院長を務めている。また何かあれば遠慮なく訪ねていいよ」

「助かります。どうもありがとうございました」


 礼を言って別れてから、ふと振り返るとシャニルさんがまだ見ていた。急に笑顔を作って、手を振ってくれる。


「怖いなぁ……」


 かすかに聴こえた呟きと口の動きで、何となくそう言ったような気がした。

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