第16話 貧民街でのお仕事 後編

 手持ちのお金を使って、貧民街の人達を雇う事にした。ここは思い切って大衆浴場を建設する。

 規模が規模だけに私一人じゃ手に負えないから、どうやっても人手が必要だった。

 水魔石、炎魔石なんかの資材がたくさん必要になるし、アルベール王子やレイライン伯爵からもらった報酬がどんどん減っていく。


「うわぁ、ブロックがガタガタだよぉ!」

「大丈夫。錬金術『修繕』」

「わっ! ブロックが平らになってく!」

「これが錬金術だよ。ドカーンみたいな派手さはないけどね」


「マジかよ……始めて見た……」


 皆が興味津々で見てくる。素人仕事だから組み立ての仕上がりが下手なのは当然だ。

 人力でも形にしてもらえれば、後は錬金術で仕上げられる。


「この柱、歪んでるぞ! 不良品じゃねえか!」

「ゲッ……仕方ないなぁ。『加工』……」

「真っすぐになったぁ!」


 おじさん達が仰天する。柱の歪み程度なら加工で十分だ。


「いいなぁ。俺も錬金術が使えりゃいろいろ違ってたかもなぁ」

「バーカ。免許習得だけでも毎年、すげぇ数が落ちてるって聞いたぞ。お前じゃ一生かかっても無理かもな」

「何だと!」


「はいはい、ケンカはやめて下さい」


 手を叩いて、諍いを止めた。ここで仲間割れされたら、完成が一気に遠のく。こういうのも大切な仕事だ。

 何より免許というフレーズが精神衛生上、よろしくない。あんなに頑張ったのに。


「レイリィさん! こっちは終わったよぉ!」

「じゃあ、次はあっちのブロックはめ込みをお願いね」

「ガーン! まだあったぁ?!」

「まだまだあるんだよね、これが」


 ルルアみたいな力がない子どもや女の人達に小さいブロックをはめ込んでもらっている。素人だからハッキリいって出来はよくない。

 一つずつ、工程を細分化して細かく指示を出していた。そこへ私が錬金術で手を加えて仕上げていく。ここまでの作業だけで二週間だ。


「柱立て、すべて終わったぞ!」

「ありがとうございます!」


 力仕事は男の人達の出番だ。私が指示を出して、指定の位置に柱を立ててもらう。

 脱衣所、休憩所、給水所を区切って図面通りに完成させていく。風呂は水魔石を使った給水装置で循環させている。さすがにこの給水装置は私の自作だ。

 お昼休憩の時、ひょこっとルルアが私の仕事を覗いてくる。


「レイリィさん、すごいねぇ」

「そう言ってもらえると捗るよ」

「いいなぁ。錬金術師……」

「お屋敷の仕事は楽しくない?」

「ううん、ご主人様は優しいし嫌いじゃない……」


 貧困のせいでやりたい事が出来ないなら、かわいそうだ。

 まだ遊び盛りのはずなのに、このまま歳をとっていくと考えると少し何とかしてあげたくなるような。


「さて、と。休憩後はいよいよ……」


 水に強い金属と樹脂を駆使して『加工』、浴槽と洗い場を皆に作ってもらう。ガタガタな作りだけど、そんな中でルルアの動きが気になる。

 器用な手つきで、他の人達よりも効率よく作業を進めていた。


「ルルア、うまいね」

「え? そ、そうかなぁ?」

「錬金術師になれるかもね」

「む、無理だよ! 私、魔術とか全然だし……」


 と言いつつも、頬を赤く染めてまんざらでもない様子だ。作った先から『加工』と『修繕』で修正しておく。

 これも私の魔力が尽きたらその日の作業は終わりだ。錬金術師としては平均的だけど、世の中には膨大な魔力を持つ錬金術師がいる。

 そんな人達がちょっとうらやましかった。


                * * *


「か、完成だ……」


 ついに貧民街に大衆浴場が出来上がる。錬金術を使いすぎて、途中で何度も魔力酔いした甲斐があった。

 貧民街の人達が目を輝かせた後、両手を上げて喜ぶ。


「うおおぉぉ! やったぁ!」

「よかった! 諦めないで本当によかった!」

「レイリィちゃん! 君にはなんと礼を言っていいか!」


 貧民街の人達が歓喜する。さっそく入ってもらうと、熱々の湯に浸かった皆が更に騒ぐ声が聴こえてきた。子どもみたいにはしゃいでいる様子が想像できる。


「はぁ……私も疲れたなぁ」

「お疲れ。君も入ったらどうだ?」

「アルベール王子、今回はありがとうございます。お風呂、どうですか?」

「な、なっ! 何をっ! 君はそういう女性だったのか!」

「男女別に作ってあるじゃないですか。何を想像したんです?」


 ギクシャクした動きになった王子が固まる。本当にどうしたんだろう。


「まったく、ふしだら極まりない!」

「もういいじゃないですか。それより残る問題は一つ、ルルアのお母さんの病気です。というより、貧民街全体の問題ですね」

「あぁ、まともに医療を受けられない者達も多い。こればかりは厳しいぞ」

「まずはルルアのお母さんの病気ですね。あれはたぶん魔過病でしょう」


 魔過病。誰にでも宿っている魔力だけど、稀に魔力が体に悪い影響を与えてしまう体質の人がいる。

 ルルアのお母さんは不幸にもそんな体質みたい。


「治すにはまず極めて純度が高い魔法水が必要です。その辺に売っているものじゃなくて、超がつくほどの一流錬金術師が作ったものじゃないと……」

「そんなものが簡単にあれば苦労しないな」

「そうなんですよ。だから厄介な病なんです。あったとしても、貧民街の人が出せるような金額じゃありません」

「君は作れないのか?」

「素材が必要ですし、私の腕でその域に達するかどうか……。しかも治せたとしても、痛めつけられた体もどうにかしないといけません」

「……仕方ない」


 アルベール王子が拳を握る。


「君に託そう。必要な素材があれば僕が調達する。レイライン伯爵を頼っても構わない。喜んで協力するだろう」

「ほ、本当ですか?」

「特に魔法水は……ん?」

「どうかしましたか?」

「リシェナの超魔水エリクサーじゃいけないのか?」


 アルベール王子から説明されたそれは仰天するほどの代物だった。あの人がそんなものを開発してるなんて知らなかった。


                * * *


「なるほど。事情はわかりました」


 アトリエに来てもらったリシェナさんに、超魔水エリクサーの提供をお願いした。覚悟があるとはいえ、断られるとかなり厳しい。


「ところで、レイリィさん。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「はい。なんでしょう?」

「魔過病は完治不能と言われている難病です。これまで多くの方々が研究を重ねてきましたが、これといった治療法は確立されてません。

それなのにどうして超魔水エリクサーで何とかなると考えたのでしょうか」

「それは、その……なんとなく?」


 リシェナさんが口を半開きにしたままだ。アルベール王子も腕を組んで、どこか厳しい顔つきになる。


「いえ、魔禍病の詳細は把握してます。私が思うに、魔力が問題なら魔力で解決するしかないです」

「著名な治癒師や錬金術師は魔力に耐性がある素材を元に研究してきました。それらは一定の成果をあげています。完治とまではいかなくても症状を和らげて、少しでも延命する事に成功しました」

「少しでもじゃダメなんです。それらの治療方法はたぶん魔力に反発しているのが原因で不完全なんです。一時しのぎにはなっても、体内における魔力の乱れは収まりません。それどころか反動でもっと悲惨な結果になりかねません」

「……おそらく多くの著名な方々が鼻で笑うでしょう。それを覚悟で試しますか?」

「はい。何故かはわかりませんが、これだという自信があります」


「じゃあ、やってみるかい?」


 アルベール王子がティーカップから口を離す。


「僕は君に賭けよう。リシェナはどうする?」

「宮廷錬金術師として認めるわけにはいきません」

「おっと、それは困ったな」

「ですが、リシェナとしては興味があります。この葛藤、せめぎ合い……たぁっ!」


 リシェナさんが両手を左右に突き出して、妙なポーズを取った。どう反応していいかわからない。


「リシェナが勝ちました」

「それは、どうも……」


 無表情でこの発言だ。ちょっと気の利いた反応はしてあげられなかったけど、成果で答えるしかない。

 常識を打ち破るのが錬金術、それができなければ錬金術じゃない。お父さんがたまに言ってた言葉だ。

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