第15話 貧民街でのお仕事 前編

 レイライン家のおかげでアトリエに次々と資材が搬入される。生活用品や錬金術に必要な魔導具、数々の素材。

 特に素材に関してはこれだけで店を開けそうな量だ。確認してみると質もいい。


「これで最後になりまーす!」

「はい、どうも。小さいのに頑張ってるね」

「えへへ! たくさん稼いで皆を楽させるんです!」


 中でも積極的に手伝ってくれたのは、屋敷でティーカップを出してくれた使用人の女の子だ。

 名前はルルア、年齢はたぶん十歳前後だと思う。貧民街出身で、病気のお母さんや家族のために出稼ぎにきているみたい。この歳でなかなか過酷だと思う。


「これで一通り終わったか」

「なんで当然のように王子がいるんですか」

「何か問題でも?」

「いえ、そっちになければいいんですけど」


 アルベール王子が堂々と新築アトリエ内でくつろいでいる。王族がこんなに自由だなんて知らなかった。


「貧民街か。僕も気になっていた。あそこはその名の通りで、まともな生活が出来ている民はほとんどいない」

「大変ですね」

「君がそんなに冷たい人間だとは思わなかった」

「いえ、本音ですよ。私にはどうする事もできませんし……」


「いいんです。私がたくさんお仕事をすればいいんですから」


 この歳で使用人や今みたいな力仕事もやらされる。ルルアとしてはどう思っているんだろう。何かやりたい事がないのかな。

 私から錬金術を取り上げられて、この子みたいな事をやらされたら気が狂う。


「ところでルルア。貧民街の者達は少しでも生活を楽にしようと、いろいろなところからジャンク品を集めているそうだね」

「はい。でもほとんどが価値のないものです。それでもたくさん溜めて売れば少しのお金にもなります」

「ほとんど、ね。つまり中にはとんでもないものが眠っている可能性があるな」


「貧民街へ行きましょう」


 貧民街で仕事をする。私の中で確固たる決意が芽生えた。


                * * *


 王都の外れ区画にある貧民街では路上で暮らしている人も目立つ。

 華やかな王都とは対称的な光景に私は衝撃を受けた。素材目当てでやってきた自分を恥じたい。

 物乞いをかわしつつ、ルルアの家に案内してもらうとこの建物もなかなかひどかった。


「ドアが壊れてるので、私が開けた後はそのまま触らないで下さい」

「コツがいるんだね……」


 ドア以上に壁は剥がれてボロボロ、剥き出しの土の上に汚い布が敷かれているだけ。汚れて壊れかけた釜の他には何もない。

 私達に気づいたルルアのお母さんらしき人が、上体を起こして話しかけてきた。全体的に痩せた体が痛々しく見える。


「ルルア、お客さん?」

「はい。お世話になった錬金術師のレイリィさんとアルベール王子様です」

「あらそう……え? 今、なんて?」


 一国の王子が堂々たる風格を見せつけている。この人達にとっては雲の上の人だもの。


「第一王子のアルベールだ。この度は貧民街の視察に来た」

「あ、あら、まぁ……。はい……」

「貧民街の事は気になっていたが、僕一人ではなかなか手が回らなかった。そこで今回はこちらの錬金術師レイリィが極力、問題解決に当たってくれる」

「そうなんですか……?」


「報酬次第ですね」


 かわいそうだとは思うけど、私はただ働きはしない。そんな私に一家がすがるように見つめてくる。


「では僕から君に依頼しよう。まずはこの一家を助けてやってほしい」

「わかりました。報酬は……修繕費や改築となると八十万ゼルはほしいです」

「高いな。一つ興味本位で質問するが、君は報酬がなかったらこの一家を見捨てるのか?」

「私も人間ですので、確実にそうするとは言えません。ただ……」


 そこで、あの村人達を思い浮かべる。


――あーあ、便利な人が死んでしまったなぁ


――娘のレイリィちゃんはどうだ?


――お父さんほどの仕事ができるかねぇ?


「誰かに頼る事に慣れた人達のせいでお父さんは死にました」


 一家もアルベール王子も何も言わなかった。思ったより萎縮させてしまったのか、子ども達がルルアや母親に寄り添っている。


「……すみません。八つ当たりのようになってしまいました」

「いや、僕が悪かった。本来であれば僕達、王族の仕事だからな」

「アルベール王子……」

「八十万ゼルでいいんだな。父上からある程度、君への報酬として資金を割り当てている。支払おう」

「五十万ゼルでいいですよ」

「儲かったな」


 報酬をきっちりいただいたところで、さっそく仕事開始だ。まずは壁の修繕をしよう。

 といってもろくに資材もないから、隙間風を塞ぐ程度だ。これは錬金術『加工』も『分解』も必要ない。

 壊れた箇所や物を直すには『修繕』だ。魔力を込めると、壁が勝手に隙間を埋めていく。


「わぁ! すごーい!」

「どうやってるの?!」

「錬金術『修繕』は『分解』『加工』、場合によっては『抽出』との合わせ技になるからとても難しいんだよ」


 一通り、壁の修繕が終わった頃には室内の空気が引き締まった気がした。もう隙間風に震える事もない。

 ひどい状態の釜は一度『分解』してから、組み立て直す。炎魔石があればいいんだけど、ここはせめて火の通りを良くしよう。


「横の穴は?」

「風通しをよくしたから、火が長持ちするよ。今まではたぶん、煮込むのに二時間以上かかってたでしょ。今なら三十分くらいで済むはず」

「三十分!?」

「さてと、後はドアと寝床と……」


 ここで私は一度、立ち止まって考えた。まずお母さん、あの人は明らかに何かの病気だ。顔色もよくない。

 それともう一つ、衛生面の問題がある。病気が蔓延すれば貧民街だけの問題じゃなくなるから、これも何とかしないと。

 とはいっても、貧民街の家に一つずつ風呂を作るなんて途方もない。それなら――

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