第14話 魅了の女神像

 伯爵家の息子を虜にしている女神像の解呪。報酬額はなんと二百万ゼルだ。

 太っ腹だとは思うけど、問題は二つ。相手がポーションの卸売りでのし上がった伯爵家である点。二つ目はその息子が部屋に引きこもって出てこない点だ。


「君は錬金術師だ。ポーションを生産した際に市場へ流したければ、このレイライン家を頼らなければいけない可能性がある」

「私個人が売るとなればハードルがいくつかありますからね。ありがたいです」

「ただし失敗すれば信用もろとも失う。それに今回、ブレスレットや指輪と違うのは息子のアイオンが女神像を手放さないところだな」

「つまりまずアイオンさんから女神像を貰う必要があるという事ですね」


「アルベール王子、お待ちしておりました」


 伯爵夫妻が屋敷で出迎えてくれる。応接室まで案内したのは使用人らしきかわいらしい女の子だ。

 丁寧にティーカップを人数分、用意してくれた。そしてなぜかここにはリシェナさんもいる。


「なるほど、リシェナ殿がいれば心強いですな」

「いや、彼女は付き添いだ。仕事をするのはこちらの少女だ」

「あぁ、そちらが二つの呪いを退けたという錬金術師ですか」

「あぁ、信じられないのも無理はないがな」

「いえ、そんな……」

「現にエクソシストギルドも匙を投げたんだろう?」

「暴れる息子から女神像を引き剥がしたものの、成功には至りません。それ以来、息子は一度も部屋から出てこず……」


 話を聞いていると、呪い以上に息子が厄介みたい。エクソシスト達が来た以降、息子は絶対に部屋から出てこなくなった。

 三男ではあるものの、貴族の息子がこの様だと面目が立たないなんてもっともな心配だと思う。


「ではさっそくと行きたいところですが、あまり刺激すると暴れてしまいます。何とかなりませんか?」

「少し強引ですが睡眠弾で眠らせましょう」

「そ、そんな強引な!」

「そうでもしないと手遅れになるかもしれません。女神像を見ないとわかりませんが、もし息子さんの命を奪うものなら……」

「わ、わかった。仕方ない」


 案内されたアイオンさんの部屋の前まで行くと、ドアに耳を当ててみる。


「あぁ……君はなんて美しいんだ……。あぁ……」


「なるほど。これは重傷ですね」


 中から甘ったるい声が聴こえてくる。アルベール王子や夫婦と顔を見合わせると、無言でドアを開けろと指示をしてきた。

 意を決してドアを開けて睡眠弾を放り込んでからまた閉める。部屋の中で炸裂した睡眠ガスが収まるまで待った。


「な! なんだ……ねむ、く……」


「効いたみたいです」

「君が怖いよ」

「錬金術師を非戦闘職と舐めてると痛い目にあうんですよ」


 アルベール王子が茶化す。ドアを開けると、女神像にすがりついたまま寝ているアイオンさんがいた。

 そう簡単に起きないと思うけど、こっそり女神像を引き離す。


「目覚めないうちにやっちゃいましょう。この女神像は……情念型ですね。使用素材は金塊と呪い『魅了』。アルベール王子のブレスレットと被るような?」

「夫妻。アイオンはこの女神像をどこで手に入れた?」

「それが女性からの贈り物だそうで……」

「確認してないのか?」

「使用人が配達物を受け取った先から奪い取るようにして部屋に籠ってしまいました」


 アルベール王子が考え込んでいる中、私は私で仕事を進める。この女神像に呪いをかけた主は金色に対して異常な執着があると見えた。

 同じような趣味の人が二人もいるとは思えないし、高確率でブレスレットの呪い主と同じだ。


「アイオンは先日の舞踏会に出席していたな」

「はい。我々も居合わせたので確かです」

「ふむ……」


名前:金の女神像

効果:【精神支配】

使用素材:金塊

     呪い【魅了】


 まずは女神像を『変色』。金色から錆びた銅の色にしてやると『魅了』の力が弱くなる。

 金、そして美しさが源になっている『魅了』と女神像の関係が弱くなった。


「僕を誘っておきながら、アイオンにも手を出していたのか……!」

「お、王子?」


 『魅了』を抽出してから『変換』、これが難しい。『魅了』を反転させてしまうと、誰も何も寄せ付けない力が生まれてしまう。

 それはそれで別の使い道があるんだけど、ここはあえてこうしてみる。


「『魅了』変換! 『カリスマ』!」


 それに伴って急いで『変色』で銀色に変えた。銅は『カリスマ』との相性が悪く、あくまで『魅了』を引き剥がすためのものだ。

 こうして女神像は元の美しさを損なわず、どこか勇ましさを放つものに変わった。


名前:カリスマの女神像

効果:【魅力上昇】

使用素材:金塊

     【カリスマ】


「おぉ……! 美しい女性の像でいて、頼もしく見える!」

「同じ人を惹きつける力でも、カリスマは押しつけがましくない力です。このカリスマの女神像は持ち主のカリスマ性を引き上げます。もちろん持ち主次第ではありますが……」

「本当かね!」

「レイライン家が行っている事業と相性がいいと思います」


「ううん……あれ?」


 アイオンさんが起きて目をこする。


「父さんに母さん……それにアルベール王子? 一体、何があったのですか?」

「アイオン! 正気に戻ったのか!」

「父さん、何の話だ?」

「お前はそこの女神像に終始、見とれていたのだ。私達の言葉も聞かず、ろくに食事もとらずにな」

「女神像……。俺がこれを? あぁ、記憶がうっすらと蘇るような……」


 アイオンさんが女神像を手に取って見つめている。また魅了されないか皆はヒヤヒヤしてるかもしれないけど心配ない。

 すぐに女神像を置いて何かを思い出したように短く頷く。


「この綺麗な女神像、見覚えがある。そうだ、確か隣国の王女からの贈り物だったんだ。先日の舞踏大会、二人も覚えているだろ?」

「あぁ、その時に王女と軽く挨拶をしたな」

「あの後……そうだ! あの王女、俺を誘惑してきた! 一国の王女だぞ! もちろんその手を振り払ったさ! そしたら一瞬だけすごい形相になって……すぐにいなくなった」

「なんと……」

「フン、あの女。そこら中の男を誘惑していたのか。どうりで初見で気に入らなかったわけだ」


 なんだか王女様のイメージが崩れていく。お花畑に囲まれて清楚なドレスを着た美しい女性みたいに想像してた。

 この様子だと、王族といえど様々だなと思う。一安心していると、ひょこっとリシェナさんが私の前に来る。


「お見事です」

「はい。疲れました」

「とても興味深かったです。あなたのそれは錬金術師を大きく逸脱してます」

「そうですかね」

「辛口のアルベール王子がお認めになったのです。もっと自信をもっていいです」


 淡々と褒められた。辛口の王子を見ると、すぐに顔を逸らした。


「さて、レイリィといったね。君は素晴らしいどころではない。言葉には出来んな……。まぁひとまず何か礼をしたい。もちろん報酬とは別に、だ」

「いいんですか? それならアトリエに必要な資材を提供……なんてダメですかね」

「そんな事でいいのか? こちらとしては、これから君に全面協力を惜しまないのだが……」

「そ、それはつまり今後とも贔屓して下さるという意味でしょうか?」

「何か依頼があれば頼もう。君のような優秀な錬金術師をほうっておくわけがない」


「そうだな……。俺も思わず惚れそうになった」


 アイオンさんが何か言い出した。同時にアルベール王子がすごい速さでアイオンさんに頭を向ける。


「ほう、見る目があるな。確かに彼女の腕は誰もが惚れる」

「腕だけじゃありません。彼女こそが俺の女神となりつつあります」

「何だと……?」


 なんて?


「レイライン家としてというより、俺自身も彼女に尽くしたい」

「ほぉ?」


 ドンと自分の胸を拳で叩くアイオンさん。伯爵家のご子息にカリスマだなんて言われるような人間じゃないし、私としては精進したい。

 それとは別にアルベール王子の目つきがなんか怖かった。クールな人だけど、たまにわからなくなる。

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