第13話 アトリエ建築

 主な資材は木材、基礎は河原で拾ってきた石を錬金術で『加工』して『結合』する。

 間取りは寝室、キッチン、浴室、洗濯室、研究室、素材保存庫のみ。一人暮らしならこれで十分だと思った。

 基礎を作り上げて一日目が終了。日が落ちるまで膝を抱えて観察していた人がいてなんかやりにくい。


「あの、リシェナさん? 帰らなくて大丈夫なんですか?」

「ご心配なく。仕事は朝のうちに終わらせてますから」

「そ、そうですか」


 一言も喋らずに私の仕事を見ていた。この人くらいの錬金術師になると、私の仕事なんか未熟に見えるかな。

 表情が動かないからわからない。


「さて、残りは明日にして夕食を」

「レイリィさん。それほどの技術をどこで学んだのですか」

「はい? まぁ父親が錬金術師だったので……」

「そうですか」


 ここで会話が終了した。気まずくなったから夕食の準備を始めよう。


「リシェナさんも食べます? 味に自信はないですけど……」

「いただきます」


 安物の素材を適当に煮込んだだけの簡単な料理だし、人に食べさせるなんて想定してなかった。

 リシェナさんは何の感想もなく、淡々と食べ終えている。


「ごちそうさまでした。それでは」

「はい。お気をつけて……」


 普通に王都に帰っていった。何しに来たんだろう。


                * * *


 建設から三日。ピッチを上げて壁や屋根を作り上げる。浴室やキッチンには水に強い樹脂で製作して、壁に必要な断熱材は王都で購入した。

 さすがに王都だけあって質がいいグレートウールだ。この辺りは気候に恵まれているとはいえ、夜は冷えるから手抜きは出来ない。

 アルベール王子からもらった賞金のおかげで助かる。


「やっぱりすごいですね」

「また来てたんですか。いえ、いいんですけど……」

「お仕事なら朝のうちに終わらせました」

「そっちのほうがすごいですね」


 気がつけば膝を抱えて座って見てたからビックリした。国中に名を轟かせる名家の錬金術師が私なんかに何の用だろう。


「これで間取りまでは完成、と。あとはベッドなんかの資材か……」

「自分のアトリエを自作する錬金術師は多いと聞きますが、ここまで手抜かりなく作業を進められる人はあまりいません。特にアトリエの内部なんかはかなり時間をかけるものです」

「え? そういうのは頭の中に入ってるので迷わないです」

「そうですか」


 突然、喋り出して黙るから困る。アトリエ内は耐熱構造として内側の壁を石造りにした。

 錬金術は魔術だけど、魔力が尽きたら使えない。だから普段は道具なんかを使って錬金術の研究をしてる。

 私の魔力もそこまで高くないから、夜まで作業するにはもたない。だから簡単な食事でも何でも、食べて魔力を補給するしかなかった。


「ふぅ……今日も疲れた。建物が出来たから野宿しなくて済むかな」

「今日の食事は何ですか?」

「食べる気ですか? いえ、いいんですけど昨日も大したものじゃなかったでしょう」

「いいえ、あれは簡素ですが栄養価を考えられたメニューです」


 そのエメラルドの瞳が何もかも見通しているように見える。確かに簡素だけどそこは気を使っていた。

 錬金術師たるもの体が資本だなんて、お父さんが口を酸っぱくして言ってたから。


                * * *


 建設から一週間が経った。ベッドの基礎は木材で作って毛布なんかは王都産だ。後は本棚やテーブル、食器を置いて完成。

 水回りは水魔石を組み込んでキッチンや浴室にまで水を回せるようにした。極力、排水を抑えるために濾過用の魔導具を設置している。

 これの自作はさすがに骨が折れた。


「はぁ……。あと少しがきつい」

「お疲れ様でした。今日は私が食事をお作りします」

「当然のようにいるんですね」

「はい、出来ました。どうぞ」

「早すぎません?」


 お作りしますの段階ですでに作り終えていた。それは私が作った適当スープの上位互換としか言えない味だ。おいしすぎる。


「どうですか?」

「これって……」

「深い意味はありません」


 この人、私に対抗心を? いやいや、名家の錬金術師が私なんかにそんなものあるわけない。

 これは私にもっと勉強しなさいと言ってるだけだ。します、はい。


                * * *


 建設から半月ほどでようやく建物が完成した。家具やアトリエに必要な資材なんかは揃えられてないけど、生活はできる。

 自分で作ったアトリエを眺めて、少し感動した。三角屋根の素朴な建物は地味でチビな私にピッタリだ。


「たったこれだけの期間でアトリエを完成させましたか。賞賛します」

「ありがとうございます。リシェナさんが食事を作ってくれたおかげで助かりました」

「そうですか」

「え?」


 褒めたのになんて反応だ。少しは謙遜してほしい。


「目を見張るのは素材の加工技術です。大したものを使ってないにも関わらず、建物として完成させました。

無駄のない間取り、足場の設計による作業効率化、何よりその速度です。並みの錬金術師ならば数倍の期間はかかっていたでしょう。それも多人数での話です」

「他の方はわかりませんけど、褒められて悪い気はしないです」

「あなたは何級なのですか」

「な、何級って?」

「錬金術師の等級です。一級の方でも、ここまでの手腕を見せつける人はなかなかいません」

「え、えーと……」


 どうしよう。無免許ですなんて言えばここですべて終わりだ。怪しんでいるのか、リシェナさんがすごい顔を覗き込んでくる。

 横や下からとか、アングルのバリエーションが多い。


「アトリエが完成したか」

「ア、アルベール王子!」

「さすがだな。それでこそ僕が見込んだ錬金術師だ。では今日から仕事が出来るのか?」

「はい。必要な資材はありますが問題ありません」


 いいタイミングで登場してくれた。護衛につけずに一人でいるって事は抜け出してきたのかな。


「新築祝いの前にさっそく依頼を引き受けてくれるか?」

「内容と報酬額次第です」

「いい根性だ。まずは依頼内容を話そう。しかし今回は少し面倒かもしれない」

「どういう事ですか?」


 面倒といっても報酬さえあれば全力で取り組む。実力を示して認めるしかない状況を作り出す。無免許の私にとって、最優先事項だ。

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