第12話 ブラックギルド、落ち目になる

「ここのところ、納品はまだかとクレームが来ているな! どうなっているのだ! ゲリッツ!」

「申し訳ありません!」


 注文の増加が嘘のように落ち着いて、それどころか減り始めていた。

 品質が落ちたなどと突き返してくる客も多く、二級の私もこれにはさすがに頭を抱えている。なぜなら決して手など抜いていないからだ。


「今一度、素材や設計段階から確認しろ!」

「間違いは一切ない……。何故だ……」

「君ィ! それでも二級か! このままでは副支部長を座を退いてもらわねばならんなぁ! そうなれば一級など夢のまた夢だ!」

「そ、それだけは!」


 一級ともなれば本部から王族に宮廷錬金術師へ推薦してもらえる。宮廷錬金術師は誰もが憧れる地位だ。

 爵位を与えられて領地を貰える可能性もあれば、何世代も遊んで暮らせる富を得られる。

 フォンデスタント家のような名家ほどではないにしろ、私もそれなりの家柄。資格は十分にあるはずだ。


「たった今、戻ってきた安眠のオルゴールを見ろ!」

「『分解』して確かめましたが、おかしなところは何も……」

「ふむ、確かに問題はないな」

「でしょう? どう考えてもおかしいです」

「あの客、さては難癖をつけたか!」


 他の錬金術師に怒号を飛ばしている支部長の傍らで、私は必死に考えた。

 そもそもなぜ発注が増えたのか。少なくとも、そこまでの評判は上々だったはずだ。

 それとも支部長が言う通り、難癖なのか。難癖――唐突にあの小娘の顔が思い浮かぶ。

 あいつに素材管理をやらせていたせいで、ビューティリングの使用素材の選定を間違えたと思い込もうとしていた。あれはやはり違う。

 クイーンルビーも私が仕入れたものだ。


「君ィ! 客先に行って謝ってこい!」

「え? あ、あぁ……」

「何を呆けているのかね!」


 私にしてはありえない失態だからと、あの小娘のせいにしたのだ。

 更に目の前の安眠のオルゴールを見て、すべて思い出した。

 目を逸らしていた事実に関する記憶が突然、頭の中でフラッシュバックする。


――必要な素材は揃えたのか!


――は、はい!


――なんだ、これは! 安眠のオルゴールならば薄紅の歯車だろう!


――すみません! 薄蒼の歯車のほうがいいと思ってました!


――チッ、納期まで間に合わんだろうが!


「私が……素材を選んだ……」


 あの時は納期が迫っていたせいで、あのまま製作したのだ。すると客からの評判が異常なほどよかった。

 いい気になっていたが、あの選定が正しかった? たかが素材一つで?

 もしそれで品質向上に一役買っていたとしたら、今までの発注はまさか――


――あのレイリィはよくやりました。彼女が揃えた素材はいずれも成果物に適したものばかりです。


「クソォッ! まさか! まさかぁ!」

「なんだね、君ィ!」


 やはりあの四級のカスの言う通りだった。ふざけやがって。


「あんなガキが! 平民のくせに!」

「君ィ! 落ち着きたまえ!」


 工房で働いていた錬金術師達が手を止めて見ていた。大体こいつらも何だ。

 私以外は三級以下のゴミどもが。このギルドは私一人でもっているようなものだ。

 一人であの新人のガキに目を光らせろというのか。辞めた四級のカスはまだマシだった。


「おい、貴様。あのレイリィとかいうガキをどう思う?」

「は、はい? この前、クビになった子ですよね。いつも明るくていい仕事をしてくれました……」

「だったらなぜ引き留めん!」

「ひっ!」


「あーあ、うるせぇ」


 その時、道具を放り投げて出ていこうとした奴がいた。あいつは確か三級のカスか。そろそろ自分の店を持ちたいと話していたのは覚えている。


「もう結構です。こんなところ辞めてやる」

「あのガキの面倒はお前も見てたはずだ! 責任はあるんだぞ!」

「あんた、私は二級だとか散々粋がっておきながらこんな時だけ人に責任を押し付けるのかよ。そもそも副支部長なんだからあんたが責任とれよ」

「貴様と違ってこっちは多忙なのだ! 三級のカスだからわからんだろうがな!」

「忙しい割に一日中、支部長とお喋りしてる時も多いよな。もういい、あんたの顔を見てるだけでもイライラする。じゃあな」


 吐き捨てるように言った後、三級のカスが出ていった。どいつもこいつも。どいつも、こいつも。

 残ったカスどもを見渡して私も怒りを吐き出した。


「貴様らァ! あんなガキにいいようにされて悔しくないのか! そんな様だから万年三級止まりなんだ!」


 誰も言い返せない。ただ私を恨みがましそうに見つめるだけだった。


「大体なぁ!」


「あのー、お取込み中すみません」


 支部の工房に入ってきたのは一人の客らしき男だった。興奮を何とか沈めて、客と向き合う。


「こちらの古時計なんですけど、直していただけないでしょうか」

「なるほど、確かに今では使ってないものですね」

「死んだ祖父の形見なんですけどね。今はもう使ってないのに、夜中になるとボォォーン!って。音が鳴るんですよ。古いからどこかおかしいんでしょうかね?」

「そうかもしれませんね。わかりました、これは私が預かります」

「助かります。あ、こちら私の住所です。何かありましたらどうぞ」


 そそくさと出ていった客を見送り、古時計を『分析』した。使用されている部品はかなり古いものの、目立っておかしなところはない。

 気づくと横に支部長がいた。


「君ィ、あれだけ息まいたのだから頼んだぞ?」

「はい、お任せ下さい」

「フン……まったく、ここ最近はどうなってるんだか」


 悪態をついて執務室に戻る支部長を見て、怒りが沸いてきた。怒鳴り散らすだけであいつも何もしてない。

 見てろ、これを直して私の実力を見せつけてやる。その暁にはあの男を支部長の座から引きずり降ろす。

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