第10話 錬金術師の怖い話
投獄六日目。食事は予想してた通り、ひどかった。硬すぎるパンにぬるくなったスープと、味も栄養もない。
悪さしてる成分を『変換』していらないものは『抽出』すればそこそこおいしく食べられるようになる。
冷えたスープは『焼成』で温め直せば、これも問題ない。頭の中で錬金の組み合わせをイメージしていたら時間なんてあっという間に過ぎる。
一番の問題というか、しつこいのはこの二人だ。
「フン、粘っているようだな」
「デイドリッヒ王子、いっそこの場で処分してしまいましょう」
「いや、今日はこの食事を与えにきた。ほら、食べろ」
私に毒入りと思い込んでいた水を飲ませようとした大臣と、デイドリッヒ第二王子だ。
持ってくる食事に変なものを混ぜたりとか、嫌がらせをしてくる。全部『抽出』でどうにかなるのに、しつこい人達だ。
今日も固いパンに泥が塗ってあるし、スープには虫が入っていた。
「お父上が何をお考えか知らんが、無事に出られると思うなよ」
「泥や虫入りの食事では死にませんよ」
「クッ! 黙れ! 大体、貴様はよくそんなものを食べられるな! やはり平民か!」
「こうしてこうすれば食べられます」
『抽出』で泥や虫、その体液を取り出す。『燃焼』で温めたところを見せる。それが癪に障ったのか、ついに髪を掴まれた。
「いたっ! や、やめて下さい!」
「仕事をするだけとか何とか言ってたな。すでに我が国には国内最高の腕を持つフォンデスタント家の娘がいる。
あの娘はいいぞ。王族に対する忠誠心もあり、腕もお前なんぞよりも遥かに上だ」
「リシェナさんが……。世渡り上手なんですね。見習わないと……いたい! ちょっと!」
「その舐め切った余裕はなんだ? 私がその気になれば、お前なんぞどうとでもなる」
「デイドリッヒ王子はリシェナさん……いえ、錬金術師の重要性を理解されているのですね。さすがです」
「媚びか?」
「いえ、それならこんな話も楽しめると思います」
怒りが少し収まったのか、髪から手を放してくれた。氷の貴公子の第一王子とは違って、こっちは直情的だ。
でもあっちも婚約を嫌がって逃げ出す行動力はあるから、根は同じかな。
「とある冒険者パーティに一人の錬金術師がいました。その人はメンバーから役立たずと罵られて、時には暴力を振るわれていました」
「待て! 貴族出身の錬金術師が冒険者だと?」
「全員が貴族出身というわけではありません。私だって平民ですから。それに最近は貴族が冒険者デビューなんかもしてる時代なんですよ」
「チッ! それで?」
「ある日、メンバーの一人が体調不良を訴えました。頭痛がひどくて眩暈もする。治癒師も治療に当たりますが、さしたる効果はありませんでした」
「日頃の体調管理がなってない証拠だろう。しかも冒険者とかいう野良犬風情の治癒師だ」
いちいち話の腰を折らないでほしい。それでも、どこかさっきよりも態度が落ち着いている。
「やがて他のメンバーも似たような体調不良を訴え始めました。少しずつパーティの戦果が落ちて、収入も減っていきます。
八つ当たりによる錬金術師への暴言や暴力は加速していきます。しかし彼は以前と違って、何の抵抗もしません。
そんなある日、メンバーの一人が絶叫と共に倒れました。治癒師の懸命な治療にも関わらず、その人は死亡しました」
「フ、フン! 馬鹿な奴だ……」
「そしてまた一人、倒れました。その人はかろうじて一命を取り留めましたが半身不随でまともに歩く事が出来なくなりました。
ここまで続くと残りのメンバーとしては『次は自分の番か?』『もしや何かの呪いでは?』と疑心暗鬼に陥ります。そんな中、錬金術師だけは冷静でした」
「もう読めたぞ! そいつが何かしたんだろう!」
「さすがはデイドリッヒ王子、この段階でそこまで読めた方はなかなかいません」
「当然だ……!」
適当に持ち上げておかないと怒りだしたら面倒だ。リシェナさんを見習って、私も少しは世渡り上手にならないと。
「ご明察の通り、錬金術師は日々の食事担当でした。その食事に血糖値や血圧が上がる薬を盛っていたのです。
それも短期間で爆発的に上がる毒薬といってもいい薬です。血流が異様に早くなり、血管が破れた時の激痛は筆舌に尽くしがたいといいます」
「ま、待て! そんな怪しい薬を盛っていたのになぜ誰も気づかない! 何も言わない!」
「味付けをよくする香辛料だとか適当な言い訳をしたのでしょう。実際、彼が作った料理はおいしかったそうです。だからメンバーにいられたのでしょう」
「それで残ったメンバーはどうなった! さすがにそいつを殺しただろう!」
「殺したところで治療できるわけではありません。腕がいい錬金術師や治療院にいけば治るかもしれませんが……間に合いませんでした」
デイドリッヒ王子が腕をさすっている。大臣もこの手の話には弱いのか、少し震えていた。
「死んだのか……?」
「さぁ……。この話がどこから広まったのか。それ以来、冒険者達の間ではこんな鉄則があります。『錬金術師とは仲よくしておけ』と……」
「貴様! 我が国の宮廷錬金術師がそんな真似をするとでも思うのか!」
「デ、デイドリッヒ王子の仰る通りだ! そんなのこと、あるはずが、な、ない!」
割と効いてる。実話とは一言も言ってないけど、最後の鉄則だけは有名みたい。
錬金術師に限らず、治癒師も似たような事を出来る人がいると聞いたから怖い。
「他にも面白い話がありますよ。アイテムボックス破裂事件とか」
「もういい!」
「この話を聞いて思ったものです。腹の内で何を考えているかなんてわかりませんよね……」
「クソッ! 気分が悪い! 貴様、無事にここを出られると思うなよ!」
デイドリッヒ王子の後ろを大臣が小走りでついていく。今更だけどあの人達、暇なのかな。
アルベール王子も割と自由だし、その辺はよくわからない。
また静かになったと思ったら、どこからともなく拍手が聴こえてきた。
「面白い話だった」
「アルベール王子……」
「デイドリッヒも困ったものだ。あの大臣はきっちり減給しておく」
「あ、はい……」
「明日の早朝、ここから出してやろう。奴らが何をするかわからないからな」
真面目な話をしてるはずなのに、アルベール王子はニヤけていた。今の話がそんなに面白かったのかな。
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